「はい。じゃ、乾杯しよ?」

女の子らしい高めの声に、湊はにっこりと笑いかける。そんな様子を遠くで見つめながら、遥はわなわなと手を震わせていた。

「遥ちゃん、あんまり見てるとバレちゃうわよ」

佳奈子の忠告ではっと我に返り、遥は柵から離れて座敷に座り込む。翼がなだめるように声をかけた。

「まぁ、心配なのはわかるが座りたまえ。小宮のことだ、万に一つも間違いはないだろう」

「……別に、そんなんじゃ…ない」

唇を尖らせてぷいとそっぽを向いてしまった遥を見て、佳奈子と翼はにやーっと顔を見合わせる。遥のツンデレは健在らしい、と。

「そうそう、心配しないでこっちで楽しくやればいいのよ。ほら遥ちゃん、唐揚げ来たから」

佳奈子に勧められるまま、遥は好物に箸を伸ばす。そして苛々を解消するべく、思い切り肉を噛んだ。


少し前のこと。湊が珍しくトラブルを起こしたことが原因で、今この状況が成り立っている。というのも期日までに提出するべきレポートを湊がすっかり忘れ、同じ学科の友人にそれを見せてもらう約束をしたところ、ひとつの条件を提示されたのだ。それは所謂、合コンに参加すること。女子からの人気が高い湊はそうした集まりにほとんど出ないため、もし参加すれば自動的にレベルの高い女子が集まることになる。友人はそれを狙ったのだ。
もちろん断ることもできたが、何せレポートの題が題なので、下調べをすることなく短時間で自作を仕上げるというのはほぼ無理だ。加えてその講義を担当する教授はレポート提出に厳しいことで有名だった。そんなわけで、湊は了承せざるを得なかった。
しかしそれだけで丸くおさまったならよかったが、問題はまだある。一応恋人を自負している遥の反応だ。湊は誠意を見せるべく正直に話したものの、遥がすんなりと納得するはずがない。合コンなんてとんでもないとばかりに嫌みや罵倒を織り交ぜながら攻撃し、湊がほとんど口を出さないうちに勝手にしろとさじを投げてしまった。湊はある意味では予想していた展開だったのでそれほど驚かず、合コンが終わってからもう一度謝ろうと決めていた。一方で、湊から話を聞いた佳奈子は遥に提案を持ちかける。湊には内緒で自分と一緒に合コンの現場へ行き、遠くから様子を見ればどうかと。
遥だって、湊が他の女の子相手にどうこうするという心配ははっきり言って少ない。けれど、合コンというのは男女が仲良く酒を飲んだり話をしたり、とにかく女の子なしには成り立たない集まりだ。これがもし男だけの飲み会だったなら、それほど怒りはしなかっただろう。しかし否が応でも女の子が来ると、たとえ湊が望まなくても、湊に気がある女の子から迫られたらどうなるかわからない。

かくして、遥は佳奈子と翼と共にこの居酒屋に乗り込むことを決めたのだ。



「しっかし、小宮も意外と抜けてるわね。レポート忘れるとか」

レモン酎ハイを片手に串焼きを食べながら、佳奈子が呆れたようにため息をつく。そうだな、と翼も頷いた。

「そのおかげで面倒を背負いこまされるとは、やれやれ」

そう言いつつ、二人の視線は遥に向かっている。この居酒屋はそれぞれの座敷が柵で区切られており、遥はその柵の間から二つ先の座敷を見つめていた。座敷は平行に並んではいないので、真っ直ぐ覗いても何とか様子は窺える。
湊のいる座敷は広く、男女各五人ずつがランダムに座っている。女の子はみなかわいらしい装いで、服だけでなく髪飾りや靴などを見ても気合いの入りようがわかる。それもこれも湊のためかと思うと苛立ちが沸々とこみ上げてきた。
湊の隣にいる女の子は長い栗色の髪にカチューシャを差し、甘えるような仕草で湊に何か尋ねている。

「小宮くんって、どんなタイプの子が好きなの?」

遥は目を見開き、必死で耳をそばだてる。それを見た佳奈子と翼はこっそりと忍び笑いをした。

「そうだなー……やっぱり、優しい子が一番かな」

愛想笑いには到底見えない愛想笑いをしてみせ、湊は少し考えながら口を開く。遥はぎくりと身を竦めた。

「それとかわいい子が好きだな。見た目もそうだけど、振る舞いとか仕草とか」

こんなことを普通の男子が口にしたら高飛車もいいところだが、湊が言うと相応しく思えてしまうから不思議だ。女の子も頷いてみせた。

「そうなんだー。じゃあ、お酒注いでいいかな」

湊の言葉を聞いてか、女の子が酒の瓶を手にする。コップを持った湊がにこりと笑った。

「ありがとう」

そんな様子を見ていると、胸がぎゅっと締めつけられたように痛くなる。湊はもともと女の子が好きだったのだろうし、ああいうかわいらしい気遣いはきっと嬉しいはずだ。遥と一緒に居ては、湊のほうがあれこれと世話を焼くようになってしまう。たまには誰かに優しくしてほしいのかもしれない。

「あ、小宮くんって歌上手いんだよね? 今度みんなでカラオケ行かない?」

今度は向かいに座っていた女の子が湊に声をかける。その場の女の子はみな、何とか湊の気を引こうと必死なのだ。

「んー……でも俺、流行りの歌とかよくわからないんだ」

湊は歌が上手い割にカラオケは好まない。(主に佳奈子から)誘われればたまについて行くが、歌うことにそこまで積極的ではないらしい。
ふん、と遥は鼻で笑う。そんなことも知らないくせに、湊を誘うほうがおこがましい、と。

案の定、湊はそう乗り気ではなかった。やんわり断ろうか、といった台詞だ。女の子も空気を読んだらしく、今度教えてあげるねとだけ言って引き下がった。

「で、でも小宮くんってほんとにかっこいいよね。やっぱり彼女とかいるでしょ?」

ちょっぴり気まずくなった雰囲気の中、違う女の子がおずおずと尋ねる。彼女いる?ではなく、いるでしょ?と言うことで湊を褒めることにもなっているのだ。
湊はぱちりと目を瞬かせた。

「彼女はいないけど」

「はっ?」

あっさりした湊の言葉に、遥は思わずすっとんきょうな声を上げてしまい、慌てて口を押さえる。佳奈子が床を叩いて笑い出した。

「えっ、いないのっ?」

「マジかよ!」

重い雰囲気は途端に霧散し、男女共にがやがやと沸き立つ。ねぇ、と酒を注いだ女の子が湊の服をくいっと引いた。女の子らしい仕草はまだ継続中なのだ。

「じゃあ、好きな人は?」

「あーうん、いるよ」

そうか、と遥は心の中で納得する。湊にとって、遥は恋人であっても決して彼女ではない。あくまで嘘はついていないというわけだ。その点、好きな人、なら性別は関係ない。

「え、片思いなの?」

女の子が目を丸くする。
彼女はいない、好きな人はいる、と言うなら普通はそう思うだろう。湊は苦笑を浮かべた。

「まぁ……そうだね」

↑main
×
- ナノ -