・性描写はあまりないけどそういう表現あり 「はーるかぁ」 「うるさい」 「あっひどい。俺と数学どっち取るんだよー?」 「断固数学」 何度となく繰り返される掛け合いに、遥も苛立ちをにじませつつある。愛してやまない数学の勉強中に、ぐりぐりと背中へ頭を押しつけるようにして湊が駄々をこねているのだ。 「構ってよーう。俺、今帰ってきたばっかだし、明日もバイトなんだって」 いつもの如くバイトへ行く湊だが、暇さえあればこうして遥に抱きつき、遊べ構えとねだる始末。遥は深くため息をついた。 「うっさい。どっか行け」 すると湊はむっと頬を膨らませ(かわいくも何ともないが)、わかったと素直に頷く。遥はぎょっとした。 「その代わり」 にまっと笑った湊に、やはり、と驚きを潜めて遥はうっすらと睨む。どうせろくでもないことに違いないからだ。 「俺が三分だけちょこちょこ邪魔するから、その間、遥が集中を切らさなかったら諦める。もし動揺したらその時は言いなりってことで」 「ちょっと待て」 誰が言いなりになるだと? 湊は聞こえないふりをした。 「で? このままか勝負かどっちがいい?」 「下らない。卑怯な手しか使わない気だろ」 卑怯な手──とはあまり口に出して言いたくないことで、要は湊が悪戯に体へ触れてくることを指している。湊もその意味を汲んだのか、くすりと笑った。 「俺が? んー……そっか。じゃあいいよ、俺は絶対遥には触らないから」 「は?」 予想外の返事に、遥こそ目を瞬かせてしまう。まさか、こんなにあっさりと湊が手段を変えてくるとは思わなかった。 「苛め方なんていくらでもあるし」 反対側を向いてぼそりと呟かれた湊の言葉に背筋が凍りそうになったが、ここまできて受けないなんて言えない。受けなければどのみち妨害はされるのだから。 「三分だ」 短く言い放ち、遥はシャーペンを握り直す。時計の針が十二をまわったところで、湊も頷いた。 「それじゃ、あと三分」 余裕の笑みを浮かべ、湊は愛する恋人の横顔を見つめた。 残り三分。 「なぁなぁ。今日何食べたい?」 はぁ?と眉をひそめかけて、遥は急いで言葉を飲み込む。余計な言葉は慎むに限る。黙っていれば、湊を困らせることにもなるのだ。 遥が無視してノートにシャーペンを走らせていると、湊はくすくすとおかしそうに笑う。馬鹿にされているようで気分は良くないが、腹を立てることこそ今は下らない。 「別に黙ることないのに。夕飯のメニューは遥が食べたいものでいいかなと思っただけで」 いかん、喜ぶな。 つい唐揚げを所望しそうになった自分を心の中で叱咤し、遥は知らんふりを決め込んだ。 残り二分。 「唐揚げにしようかなー。それとも野菜炒めがいい? ねぇ」 遥にしてみれば天国と地獄のようなそれぞれのメニューに、思わず舌打ちしそうになる。答えなければ、湊は間違いなく後者にしてしまうだろう。それは避けなければ。 「唐揚げ」 棒読みに近い口調で告げれば、やっぱりなと湊は首を振る。 「遥は唐揚げ好きだもんな」 時計を見ると、ちょうど半分を経過したところだった。あと一分半で、終了のアラームが鳴る。それまでの辛抱だ、と遥は自分に言い聞かせた。 残り一分。 大丈夫、あと三分の一だ。湊だって、自分に触れなければその気にさせることなどできないだろう。ちょっとばかり高をくくっていた遥は、教科書の例題に目をやる。と、湊が半歩分ほど横から近づいてきた。 「それ何やってんの?」 「微分方程式」 質問に淡々と答える遥に、ほんと数学好きだな、と湊は興味なさそうに頷く。そして一言。 「でも数学は遥のこと気持ちよくしてくれないよ?」 ぱきっ、とシャーペンの芯が折れ、ノートの余白に飛んでいく。遥の手がわなわなと震えていた。 「残念だなー。それだけ遥に好かれてても、頭撫でてもやれないなんて」 対する湊は飄々とした口調でぬけぬけと声を放つ。よくもそんなことを、と遥は唇を噛んだが、これで終わりなわけがなかった。 「遥のかわいいところなんて何も知らないだろ? いい匂いの髪とか、真っ白な体とか」 できることなら、ぺらぺらと得意げに喋る口をガムテープで塞いでやりたい。遥はシャーペンを握りしめて堪える。時計の針が六をまわった。 「まぁ……体っていっても一言じゃちょっとな。細い腰とか桃みたいなお尻とかいろいろ…」 要は腰だろ。 この変態め、と遥は内心で毒づく。しかし湊はふっと笑い、遥の耳に触れるか触れないかの辺りまで口を寄せた。 「ま、感じやすくて淫乱な体なんだけど」 吐息と共にそんな言葉を吹き込まれ、ずくんと体の芯が震える。湊は尚も意地悪く続けた。 「あれ、自覚あるの? 俺のこといつもきゅうきゅうに締めつけて、ピンクの乳首とか弄られるとビクビク跳ねちゃって……かわいいもんな?」 情事中のように言葉で責められ、むくむくと欲が頭をもたげ始める。必死で冷静さを取り戻そうとしても、湊によって刷り込まれた言葉はじんわりと弱い部分に響く。腰がふるりと揺れた。 「大きく脚開いて俺のこと受け入れて、自分で腰動かしてるのわかってる? 俺にしがみつくのってさ、奥まで突いてほしい時だろ?」 「〜っ!」 声を出さなかっただけでも褒めてもらいたい、と思う。こんな恥ずかしいことを言われて、怒らないほうがどうかしている。それがたとえ本当のことであっても。 ピロリ、と時計のアラームが鳴り始める。湊はすぐに止め、あーあ、とわざとらしく声を上げた。 「触れないってやっぱ難しいな。ね、遥?」 遥は身動きひとつしないが、体は小刻みに震えている。こっそりと笑いを堪えながら、湊は優しく尋ねた。 「どうかした?」 「っ……この……!」 気づいた時にはもう手遅れだ。湊は最初からこうするつもりだったのだから。 「まさか、さっきの話聞いただけで反応しちゃったとかじゃないよな?」 意地の悪い台詞に、遥は悔しそうに湊を睨む。しかしその目も若干潤んでおり、あえなく逆効果に終わった。 「そんな顔してもかわいいだけなんだけど」 ちゅ、と触れるだけのキスをしたが、遥は抵抗しない。それをいいことに、湊は服の上からそっと遥の下肢を撫でてやる。 「はぁ………っ」 切なげにきゅっと眉が寄せられ、途端に妖艶な表情が形作られた。 「もう一回訊くけどさ」 湊は何とも爽やかな笑みを纏って尋ねる。 「この状況なら、俺と数学、どっち取る?」 *** 作戦勝ちであります。以上。 ↑main ×
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