毛布にくるまって横になったまま、遥はサイドボード上の置時計を見やる。眼鏡をかけていなくても、これだけの至近距離ならば何とかわかる。もうすぐ日付が変わろうかという時刻だった。

不意に髪を撫でられ、顔だけで後ろを振り返る。部屋着から私服に着替えた湊は、くせのついた髪を緩く梳いてきた。

「疲れたか?」

「……当たり前だ」

遥は毛布しか纏っておらず、その体は何も身につけてはいない。それは、つい先程まで二人が愛し合っていたことを意味する。
返事を聞いた湊は苦笑を浮かべた。

「んでも、いつも寝ちゃうのに今日は珍しいな。置いていかれるのがそんなに寂しかったか」

揶揄するように呟けば、遥はむっとして言い返す。

「そんなわけあるか」

心の中を見透かされるというのはあまり気持ちいいことではない。かといって認めるのは癪なので、一応否定しておきたいのだ。あーあ、とぼやいた湊は、遥の髪に置いた手をするりと頬へ滑らせた。

「さっきはあんなにかわいかったのにな」

「うるさい」

情事中の反応についてを持ち出されては何も言えず、言葉に詰まった遥がぴしゃりとはねつける。ついでに頬へ触れた手も払っておいた。

「嘘だって。いつでもかわいいからさ」

ごろりとベッドに寝転び、毛布ごと遥を腕に抱く。胸に抱き寄せられ、先程の情事をちらりと思い返してしまい、遥はこっそり頬を赤らめた。しかし、

「触るな」

「いたっ」

さわさわと毛布の上から腰を撫でていた手を掴み、その甲をつねってやる。湊は大げさに痛がってみせた。

「いいじゃん。さっきは嫌がらなかっただろ?」

「そんなの忘れた」

甘えた台詞をばっさりと切り捨てられても尚、湊は茶色の髪にすりすりと頬摺りする。遥が迷惑そうに顔をしかめた。

「うざい」

「ほんっとツンデレだよなー。俺もう行かなきゃならないのに、離れがたいとか思わないの?」

湊はこれからバイトに向かう。普段、深夜のシフトはほとんどないに等しいのだが、今日は担当だった先輩の店員が体調不良のため、急遽駆り出されたのだ。
湊としてはもちろん、もっと遥と愛し合っていたかった。せっかく休日の夜だというのに、恋人よりバイトを優先せざるを得ないのは何とも悲しい。
そんな切なさを遥も抱いてくれればと思うのだが、

「さっさと出てけ」

と、どうでもよさげに命じられる。唯一の救いは遥がツンデレで、本心を素直に口に出せないという点だ。遥だって、さっきまで熱烈に求め合った恋人を邪険に思うことはまずないのだから。

「はいはい。そろそろ時間だしな」

名残惜しいと言わんばかりに、湊はきつく遥を抱きしめる。シャンプーと薄い体臭の混じった甘い匂いを吸い込み、ようやくベッドから体を起こした。
するとほんの一瞬だけ、遥が寂しそうに目を伏せる。その微妙な変化を、湊は見逃さなかった。遥に覆い被さるようにしてシーツに肘をつき、

「行ってきます」

そう言って微笑みかけ、静かに唇同士を重ねる。嫌がられるかとも思ったが、意外にも遥はおとなしくしていた。
キスなんて飽きるほどしている。さっきも何度となく口づけを交わしたはずなのに、柔らかい感触が触れるたびにどんどん夢中になっていく。角度を変え、優しく味わうようにしてキスに酔いしれる。時折、吐息の混じった遥の声が隙間から漏れた。

「ん……ちょっと長かったか」

湊が口を離した頃には、既に遥の息が上がっていた。はぁ、と息をこぼす姿があまりに妖艶で、湊は誘惑を振り払うようにベッドから下りる。荷物を拾い、最後に遥の髪をひと撫でした。

「じゃあな。ゆっくり休むんだぞ」

愛しい恋人に笑いかけて、湊は寝室を後にする。それを見送った遥はごろりと寝返りを打った。


(……馬鹿)

愛し合った後は疲れ果てて眠ってしまうことが多く、目覚めると湊が隣にいないこともしばしばある。その時の虚しさに比べればましだと思っていたが、こうして送り出すこともずいぶん寂しいものだ。毛布を握りしめ、遥はきゅっと唇を噛んだ。

寂しいなんて素直に言えるわけがない。
もともと人に弱音を吐くことが嫌いな遥は、自分の弱さを晒け出すことが何より苦手だ。もし湊にこの感情を──寂しがっていることを知られたらと思うと、のたうち回りたいくらい恥ずかしくなる。

(ん……?)

カサ、と紙が擦れる音が聞こえ、遥は枕から頭を浮かせる。見れば、首の下にレシートほどの大きさの紙が置いてあった。

(何だ?)

見覚えのないそれに首を捻り、枕に頭を乗せてから紙を開く。そこには湊の走り書きでたった一言、

『すぐ帰ってくるから』

の文字があった。

(はぁっ!?)

思わず紙をぐしゃりと握り潰すと、じわじわと顔が熱くなってくる。こみ上げてくる羞恥に身を任せ、遥は紙を握った拳を思い切り枕に叩きつけた。

(あいつ……っ)

気にしていないふりをしても、湊にはお見通しだったらしい。悔しさと恥ずかしさといたたまれなさが混じった気持ちに、耳までもが赤く染まった。

(腹が立つ……)

額を枕にあて、ふと思い立ったように唇を手で覆う。じんわりと熱を持ったそれは、どこか湊の余韻を感じさせた。
しかし先程のキスだけでなく、その前の行為も芋づる式に蘇ってしまい、結局遥はひとり悶絶する羽目となった。


***
事後ってなかなか書かないので。遥は寂しがり屋だと思うよ、って話(´ω`;)

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