独り善がりと罵られた時、湊がどんな気持ちだったかを考えるだけで胸が締めつけられる。片思い、と称されたほうが幾分かましだったに違いない。 もし遥が、普段から湊を安心させるように振る舞っていたら。あるいは自分の気持ちをあの場で告げていたなら、湊はこれほど悩まなかっただろう。たかがストラップ一つに束縛という意味を見出してしまうくらい、湊は傷ついていた。そう思うと、じわりと眦に涙が浮かぶ。不安なのはむしろ湊のほうなのだ。 「他の、奴なんか……す、きに…ならない……っ」 湊の背へ両手をまわすと、ちょうど肩に額があたる。その辺りの色が濡れて変わった。 「ちゃんと……付けて、るから…縛られて、なんてない……」 幾度となく触れた携帯を取り出し、遥はきゅっと握りしめる。補正された紐はしっかりと具に絡み、ちょっとやそっとの刺激では外れなさそうだ。 紐が切れても尚、遥はそれを付け続けていた。切れたから、と、外す言い訳ならあったのに。紐をいじくっては考え、接着剤を付けては考え。佳奈子がいなかったら散々な結果になっただろう。そんな紆余曲折を経ても、少し短くなったストラップはきちんと遥のそばにある。それが、湊が決して独り善がりではない証拠になると思ったのだ。 「……それ見た時」 湊がうっすらと微笑む。腰を抱かれ、遥はより湊に密着するようになった。 「ルシもお節介だな、って思ったんだ。紐が切れた、って遥が言っても、俺は別に気にしなかったのに。わざわざ無理して直すなんて、って思った」 ということは、異様に優しかった日の夜に"直してでも付けたいって思ってくれたんだろ?"と言ったのは、湊の期待が込められていたのだ。遥の気持ちがそうであってくれればと、願った結果だった。 「……でも後から、ルシが話してくれたんだ。いつもの遥なら、きっと遠慮しただろ、って。ましてや俺とお揃いだなんてルシに知られたら恥ずかしいことこの上ないし、ルシが申し出ても断るよな。なのに……むぐっ」 湊が次に何を言い出すかを予想し、遥は思わず湊の口を手で押さえる。湊は小さく笑い、遥の気持ちを汲み取って頷くだけに留めた。 『え? 紐が切れちゃったの?』 遥の手のひらに乗ったストラップを見て、佳奈子はううんと首を捻る。繋ぎ合わせようにも、細い紐では接着剤がうまく付かないだろう。 『まぁ……元に戻すのはちょっと無理そうね』 『……頼む』 遥は悲しそうに目を伏せ、小さく懇願を呟く。佳奈子は驚いたものの、気に留めないふりをして遥に尋ねた。 『これ…そんなに大切なの?』 遥が何事にも執着のない性格であることは重々にわかっている。代用が効かないものなど人間の命くらいだと思っている遥が、どうしても元に戻したいと願っているのが何の変哲もないストラップだとは。佳奈子の問に、こくりと遥は頷いた。 『……完全に元通りにはできないわ。この紐をどうにかして繋ぎ合わせることになるけど、それでもいい?』 『…ああ』 遥が首を振ったのを見届け、佳奈子は小箱を取り出す。形を崩さないよう、ストラップを慎重に中へ収めた。 『わかった。とりあえずやってみるわ』 「遥が頼んだなんて夢にも思わなかった。こういう、いかにも恋人、みたいなことには抵抗あると思ってたし。でも……嬉しかった」 ぎゅう、ときつく腕の中に抱きしめられ、遥は赤い頬を隠すように肩口へ顔を埋める。耳までもが熱を放つように熱かった。 「俺のだけを見てたら、確かにエゴでしかないのかもしれない。けど……それ見たら、違うんだなって思える。そう考えたらすぐにでも会いたくなって、昼飯も放り出して探してた」 じん、と胸が熱くなる。温かいものがじわじわと広がっていくような、そんな感覚が芽生えていた。 「まさか先輩のところにいるとは思わなくて、正直怖かったけどさ。綺麗な体とか聞いたらもう本能的に殴ってた。でも謝る気はないよ」 「そ、それは……」 遥だって、よもや鶴見にあんな強引な真似をされるとは考えていなかった。湊がたまたま来たからよかったが、あのままだったらと思うとぞっとする。 「でも……もともと、俺がもう少し理性的になって言い合いにまで発展しなかったら、遥が先輩のところに行く必要はなかったわけだし……一概に遥が悪いとは言えないからさ。ごめんな」 額に唇が落とされる。と、遥はあることを思いついた。恥ずかしさがじわじわと込み上げるのを感じたが、先程から湊に話させてばかりで自分の気持ちは一切口にしていない。それでは、いつもと変わらないではないか。 「ん……」 「ん?」 膝をソファに乗せ、湊の肩に両手を置いたまま背を伸ばす。緊張にふるふると手が小刻みに震えたが、知らないふりをして自分を奮い立たせる。ここで変わらなければ、また湊を不安にさせてしまうかもしれないのだから。 「へっ?」 ちゅ、と。前髪越しに触れた感触に、湊は信じられないものを見るように目を見開いた。遥は勢いよく湊に背を向け、あまりの羞恥に膝を抱える始末だ。 「あの……今のって…」 「う、うるさい! 言うな!」 思いきり狼狽えた遥が叫ぶが、声までもが裏返っている。湊がぱちぱちと目を瞬かせると、やっと聞き取れるほどの小さな声が返ったきた。 「ぉ……お前の、好きな……お揃い…だろ」 あっ、と。 湊はしばらく唖然としていたが、やがてゆっくりと破顔した。 「……こっち向いて?」 「嫌だ…」 髪の隙間から覗く耳や首筋までもが真っ赤に染まり、華奢な体がふるりと揺れる。後ろから両腕をまわし、湊は赤らんだ耳の近くで囁いた。 「ちゃんと顔見たいしキスもしたい。な……?」 どくどくと心臓が脈打つ音が体中に響く。ここ二週間ほどは軽いキスくらいの接触に留めていたからか、背中に感じる温もりをどれだけ欲していたのかを思い知らされているようだった。 「したくない? 俺はしたいよ。もうずっと遥に触ってないだろ?」 それは遥も同じだ。触れられたくて、体がじわじわと熱を帯びている。こくりと唾を呑み込み、遥はゆっくりと振り向いた。 遥の頬に手を添え、湊はそっと唇を重ねる。触れるだけのそれは角度を変えながら繰り返された。 「ん…ふ……」 口づけの合間に見つめ合えば、どちらも相手を強く欲しているのがわかる。再び目をつむって唇を触れさせると、湊の舌が濡れた表面をするりと撫でてきた。遥がおずおずと隙間を開けたのを見計らい、その舌は口腔へ侵入する。舌同士が触れただけで遥はびくりと肩を揺らしたが、引っ込められた舌を絡められてすぐに息が上がった。 ↑main ×
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