「俺は……お前よりずっと我が侭だと思っている」 だから、と少々トーンを落とした声で凌也はうなだれる。 「あまり、そういうことは言わないでおいた。だが……お前が嫌なら、言ってもいいのか」 凌也が我が侭なんて、そんなことはない。我が侭なのは自分のほうで、それが凌也を困らせていたはずだった。 けれど実際は違ったのだ。 「……聞きたいです」 いつか湊が言っていたことを、かりんはふと思い出した。 喧嘩もできないような関係はよくない。心の内をひた隠しにしていても、長続きはしないのだ。それなら喧嘩をしてでも本音を告げたほうがまだいい、と。 ならばこうして、本音を言い合える関係というのは──とても恵まれた恋ではないか。 「先輩の、我が侭も、気持ちも──全部、知りたいと思います」 凌也は少し驚いたような表情を浮かべたが、やがてそっと微笑む。かりんの髪を優しく撫で、小さく頷いた。 「俺も知りたい。お前の不安も悩みも、心配も──全部だ」 とくん、と心が音を立て、次第に温かくなっていく。張りつめていた虚勢がゆっくりと溶かされ、それは涙となってかりんの頬を濡らした。 「あまり泣くな」 「ふぇっ……?」 雫をすくうように、凌也は頬へ唇を落とす。目を見開いたかりんを抱き寄せ、凌也らしくない、自嘲気味な声を漏らした。 「……お前に泣かれると…どうしたらいいかわからなくなる」 かりんは慌てて赤い頬を拭うが、その手を掴み、凌也は顔を覗き込んでくる。 「だから知りたい。こういう時に、俺はどうするべきなんだ」 うまく声にならない驚嘆を言った後、かりんはそっと目を伏せる。凌也の胸に体を預けて、思い切って告げた。 「……すき、って…、抱きしめて、ほしいんです…」 それなら、いくらでも笑顔になれる。凌也の優しさを感じたくて目を見つめれば、両腕がしっかり背中にまわされた。そして、 「好きだ」 囁かれた台詞に胸が熱くなる。たった一言、その言葉を聞くだけでこんなにも安堵がこみ上げてくる。湧き上がる幸福感に酔いしれつつ、かりんはにっこりと笑った。 「僕も、先輩が大好きですよ」 凌也はこくりと頷き、かりんの髪を手でよけて顔を近づける。吐息のかかりそうな距離まで近づいた時、かりんも自然と目を閉じていた。 「それで」 甘い余韻に浸り、凌也の腕の中でその時を過ごしていると、ふと凌也から声をかけられる。はい?とかりんは顔を上げた。 「何で泣いてたんだ」 僅かな逡巡の後、かりんはおずおずと口を開く。凌也に気を遣わせてしまったこと、嫌われるのが怖かったこと。話している間も、凌也の手が背を撫でてくれていた。 「気を遣う必要のある人間は泊めない」 「そ、そうですよね……」 思いつめていたあの時ならいざ知らず、改めて考えてみればすぐにわかることだったのだ。悩んでいる時は、本当にとんでもないことを考えてしまうとかりんは痛感した。 「いや……俺も悪かったが」 頭に手を置かれ、かりんは首をぶんぶんと横に振った。 「そんなことないです、僕が……」 「お前を早く寝かせようとしたのは事実だ」 かりんの言葉を遮り、凌也はため息をついてそう言う。えっ、とかりんは訝しんだ。 「あの、どうして……ぁ」 ぎゅ、ときつく抱かれ、凌也の胸に頬が当たる。その鼓動がとくとくと脈打っていることに気づき、かりんははっと目をみはった。 「……何事もなく、お前と一緒にベッドで眠れるほど理性的じゃない」 「え、っと……」 告げられた言葉の意味を思案し、やがてかりんの頬がぶわっと赤らむ。じわじわと広がる熱を持て余しながら、凌也の顔を見ずに尋ねた。 「で、でも……じゃあどうして、泊まってもいい、って言ったんですか……?」 泊まることを提案したのは凌也のほうだ。そんな心配があったなら、最初から言わなければ済んだ話ではないか。凌也は気まずそうに続けた。 「気づいたらそう言っていた。けれど後から考え直して、それもどうかと思った。……お前のことだ、自分を押し殺してでも俺の要望を受け入れようとする。そう思ったら何となく怖くなった」 情けないと言わんばかりに凌也が再度ため息をつくと、静かに聞いていたかりんは少し体を離し、思い切って口を開いた。 「僕だって……思いました。そういう、こと」 じわりと頬に熱が集まる。凌也の視線を感じながら、かりんはきゅっと手を握りしめた。 「せ、先輩はそんなこと、考えないと思って、だから余計に恥ずかしくて……。それが、先輩の我が侭……ですか?」 凌也はそっとかりんの赤い頬を包み、返事の代わりに額へ口づける。そのまま視線がかち合えば、今度は唇を重ねた。 「お前の全部が欲しい」 離れた唇が声と共に形作られ、かりんは耳までを赤く染める。どくどくと速くなる鼓動が、凌也に聞こえてしまうのではないかと思った。 「浅ましいとはわかっている。この前だって──お前の気持ちをろくに聞かなかった」 「でも……」 凌也がここまで気持ちを伝えているのだ。恥じらいは捨てなければならい。こくりとかりんは唾を呑み込んだ。 「僕も──僕だって、先輩が欲しいんです。後輩じゃ嫌なんです。先輩の恋人になりたいんです」 大胆な台詞を口にしていることは自覚している。けれどきちんと凌也に伝えたくて、思うままに言葉を並べた。 「好きだから、大好きだから、ちゃんと……つ、つな──」 繋がりたい、と。 つい恥ずかしくなって目を伏せると、凌也の手が髪をさらりと梳いてくる。凌也はかりんの耳元にそっと口を寄せた。 「…あまり煽るな」 「ほぇ……?」 煽る、という漢字と意味を瞬時に理解することができず、かりんはちょこっと首を捻る。すると両肩を掴まれ、ベッドに押しつけるようにして横たえられた。 「あ、あのっ……」 突然のことにあわあわと目線を迷わせたかりんを、凌也は安心させるように所々へ口づけていく。額や頬、唇に押し当てた後、射抜くような視線がかりんと絡んだ。 「本当に……いいんだな」 その瞳があの夜の、欲情に濡れている様子を目にし、かりんは驚きながらも嬉しく思う。こんな自分を欲してくれているのだと、強く感じることができたから。 「はい」 かりんはしっかりと頷き、凌也の背中へ両手をまわす。見惚れるような顔立ちも、自分を包んでくれる優しさも。心から、凌也の全てが好きなのだと改めて思えた。 微笑み、頭を枕から浮かせて自ら唇を触れさせる。自分から口づけたのはこれが初めてかもしれない。 凌也が後頭部を支え、主導権を握り返す。徐々に深くなっていく口づけに酔いつつ、かりんは幸せを噛みしめた。 ↑main ×
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