:: 嘘だらけ/凌かり
2013.09.08 (Sun) 23:20

・凌也←かりんのかりん視点
・切なく、を目指した結果


それは、僕が中学三年に上がる少し前のことでした。そう、桜の蕾が膨らみ始めた春のある日。
僕は朝から食欲がありませんでした。食べないとだめだって、伯母さんに何度言われてもパンを飲み込むことができませんでした。いつもはパンを食べて、それからご飯を食べるくらいお腹が減っているのに。

仕方なくそのまま学校に行くと、みんなはうきうきした様子でした。当然です。今日は午前中で学校が終わりなのですから。
全員並んで体育館へ向かうと、そこは既に紅白の垂れ幕に覆われ、白いテーブルにいくつも花が飾ってありました。所定の席に着いてしばらく経てば、入口から三年生が入場してくるのが見えました。あ、と僕は顔を上げます。
先輩を見つけたんです。きっちりと制服を着こなして、背筋をぴんと伸ばして歩いてくる姿が印象的でした。けれどそれと同時に、僕の中の悲しさは膨れていくばかりです。
厳かな雰囲気の中でピアノが鳴り、みんなが揃って礼をします。その間も、僕はずっと、先輩の姿を目で追いました。

「本日、ここを卒業する君たちに……」

校長先生の式辞を聞きながら、微動だにしない後ろ姿を見つめます。昔から僕を弟みたいにかわいがってくれた、大好きな先輩です。
でも──あともう少しで、一緒に登校することもできなくなるでしょう。また、僕は置いていかれる立場になるんです。

「卒業生代表、守山凌也」

「はい」

先輩は来賓の方々にお辞儀をしてから、よく通る声で答辞を読み上げました。卒業生の人たちが涙をこぼし始めても、先輩は表情ひとつ変えずにただ淡々と文字を音読しました。最後にまた礼をして席へ戻っていくまで、完璧さが崩れることはありませんでした。きっと先輩のことです、代表が面倒と思うことはあっても緊張はしないのでしょう。

やがて蛍の光、仰げば尊しを合唱し、卒業生は退場していきました。僕らももうすぐ解散となります。



「先輩! 先輩っ」

簡単なホームルームを終え、帰る人もいれば卒業生の先輩に別れを告げる人もいました。僕はもちろん後者です。
一生懸命書いたお手紙を手に、僕は校庭へ走っていきました。先輩もお友達とお話したいでしょうし、僕だけに構っているわけにはいかないはずです。なので、お手紙を渡せば後でゆっくり読んでもらえるかなと思ったんです。

先輩は卒業証書の入った筒と、一輪の花を持っていました。卒業生みんなに配られたものです。先輩を見つけると僕は足を速め──すぐに足を止めました。

「守山くんが見れないなんて嫌だよぉぉっ」

「ね、携帯は買った? アドレス交換しよ?」

「この後、みんなで遊ぼうよ。最後なんだし」

女子の先輩に囲まれた先輩は、困った様子でため息をついていました。けれど僕はもっともっと困りました。だってこれじゃ、お手紙なんて渡せそうにないです。それに、

「守山くん、まだ彼女いないの? あたしがなってあげるよっ」

僕は見てしまったんです。美人な先輩が得意げに、先輩の頬へキスをしていたところを。

「興味ないな。離れてくれるか」

先輩は嫌そうに顔を背けて頬を擦ったけれど、そこから先はわかりません。何かが唐突に胸の奥から溢れてきそうで、僕は回れ右をして校舎へと駆け出しました。

「ふっ……ぇ、っ……」

人気のない男子トイレの個室にこもった途端、ぼろぼろと涙が頬を濡らしていきました。突然のことに、僕でさえ驚きました。

(胸が……いたい…)

学生服の、ちょうど上から二番目のボタンのあたりがずくずくと痛みます。そこをぎゅっと押さえて、僕はうずくまって泣いていました。でも、何がどう悲しいのかはよくわからなかったのです。亡くなったお母さんの言葉を思い出すまでは。

『かりん。恋をすることはとても幸せで…とても胸が痛いものなの。けれど大丈夫よ。それは素晴らしいことだから』

「おかあ…さん……」

僕は先輩が大好きです。誕生日には僕の欲しいものを覚えていてくれたり、大変な夏休みの宿題を手伝ってくれたり、いつも優しくて素敵な先輩。この気持ちは、本当に恋でいいんですか? 僕は先輩を、そういう気持ちで好きになってもいいんですか?

「ふぇ……っ」

そんなことない。好きになってもいいなら、こんなに苦しいはずがないんです。好きになっちゃいけないから、それを知っているから、僕はこうして逃げてきたんです。

──でも。
わかっているのに、苦しいのに、嫌なのに、迷惑かけたくないのに、僕はあなたを好きになりたいと思ってしまうんです。そして今、好きになってしまったんです。きっと、どうしようもないくらいあなたが好きなんです。

もう渡すことのない手紙をゆっくりと開いて、目で読んでみます。

『高校に行っても、先輩って呼ばせて下さい。ずっと、先輩の後輩でいさせて下さいね。』

昨日これを書いた時、この気持ちには少しの嘘もありませんでした。けれど今、もうこの手紙は悲しいくらい嘘だらけになってしまったのです。

「さよう…なら……」

目をつむって、手紙をそっと手でちぎります。柔らかい紙はすぐにバラバラになりました。

もし今、また先輩にお手紙を書くとしたら。今の僕には、この言葉しか書けません。

『あなたを好きになって、ごめんなさい』


***
かなり前から書こうとしてたのに逃してきたものです。凌かり久々だ(^ω^)

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