:: あい 2019.02.15 (Fri) 22:09 湊「頂きまーす」 遥「……(ぱちん)」 もぐもぐ 遥「(ん…?)」 遥「(これは……ぬか漬…)」 ぱくっ 遥「……!?」 湊「そのぬか漬、めっちゃおいしくない?」 遥「…うまい」 湊「だよなぁ」 遥「買ってきたのか」 湊「ううん」 遥「作ったのか…(羨望の眼差し)」 湊「うっ……稀に見る尊敬に満ち溢れた目だけどちょっと違う。漬けたのは俺だけどぬか床はもらいもの」 遥「(なんだ)」 湊「途端に冷めた目で見ないで(泣) 話せば長くなるんだけどさぁ」 遥「ならいい」 湊「聞けよぉ!(´;ω;`)」 ーーー 月曜日。 冬は朝起きるのがつらいから、朝一は講義入れないほうがいいよね、っていう学生の慣例に従って、俺もそうしてたんだけど。 暇。めっちゃ暇。六時半、ニュースしかやってない。 そもそも俺寝起きいいほうだしむしろ二度寝とかできないし、授業入れても全然よかったじゃん。暇で死にそう。今から飯の支度したってどうせまだまだ遥は起きてこないし、寝てる遥をずっと観察してるのもどうかと思うし。 散歩行こう。 すっくと立ち上がって、汗をかいてもいい服装でアパートを飛び出す。寒いけど、すっきりしたいい天気だ。体もあったまるし、ちょっと走ることにした。ルシや守山のアパート近くにコンビニがあるから、そこまで走ってなんか買っていこう。白い息を吐きながら、ほぼ誰もいない道を走る。でもまぁ、一キロもない距離だからあっという間に着いちゃって、さすがに物足りなくてもう少し先まで走った。こっちのファミマじゃなくて、あっちのセブンに行くことにしよう。 何気なく通りかかった、住宅地の公園。俺は思わず速度を緩め、やがて完全に足を止めた。ランニングシャツにゆるゆるのズボンを履いたじいさんが、自分の身長くらいの高さの鉄棒をぐっと握りしめていた。上腕二頭筋が遥の倍くらい太い。 ギャラリー(俺)に気づいたのか、じいさんはさらに気合いを込めて危なげなく逆上がりをした。推定年齢75歳。無理じゃないがほぼ無理だ。その上、くるんくるんと前方に回り始める。まだ地面には下りない。 ひと心地ついたのか、ふう、と鉄棒をベンチ代わりに腰掛け、足をプラプラさせながらやっと俺に視線を合わせる。 「若いの。こっちへ来い」 荘厳なひと言だけどランニングシャツが何とも言えない。ていうか寒くないのか。きょろきょろと見回すと、ジャングルジムに上着とセーターが引っかけてあった。俺は小さな柵を越えてじいさんと差し向かいになる。 「勝負せんか」 「勝負ですか?」 ひょいと地面に降り立ったじいさんは、一番高い鉄棒を指差して言う。 「どっちが長く懸垂を続けられるか勝負じゃ」 ーーー 遥「なんだそいつ…」 湊「世の中には元気なお年寄りもいるんだよ。ほら、筋肉は裏切らないって言うじゃん」 遥「…で?」 湊「まぁ当然の如く俺が勝ったんだけど」 遥「(裏切られてる…)」 ーーー 「ハァ、ハァ……まだまだじゃわい」 「ええまぁ、そりゃ20代で負けるわけにはいかないんで」 「30代のリーマンには勝てたんじゃ。侮っておったわ…」 息を整えて、じいさんは歩き出す。 「運動して腹が減ったじゃろ。飯を食べて行け、若い者は食わないといかん」 結局ランニングシャツのまま、上着は肩に引っ掛けただけの状態でじいさんは公園を出ていく。何故か気に入られたらしい俺は最初こそ遠慮したものの、とりあえずついていった。何せ暇だったし。 すぐ近くの民家は、庭は小さかったけどきちんと草花の手入れがされていた。入れ入れ、と促されるまま玄関の引き戸を開けてお邪魔する。古いながらも生活感がある家。おばあちゃん家って感じ。 「帰ったぞ!飯じゃ!」 「はいはい…あらぁ!ごめんなさいね、この人ったら年甲斐もなく若い人につっかかっては強引に引っ張ってきて…」 予想通り、同年代くらいのおばあちゃんが奥から出てきた。自分で縫いましたって感じの割烹着がいい。どうも、と頭を下げる。この感じだと、俺が初めてじゃないな。 「おい!飯を早くしろ!」 「うるさいよ!炊いてあるから自分で取ってきな!あぁ、お客さんはこっちにどうぞ。寒かったでしょう、こたつで待っててね」 ファンヒーターじゃない、ほんとのストーブ。正方形のこたつ。桐箪笥に固定電話、テレビだけがでかい。座布団に腰をおろして待たせてもらう。 食卓は粗方整っていて、あとはご飯と味噌汁だけなんだろう。お勝手からまた喧騒が聞こえてきた。むすっとしたじいさんが、味噌汁の椀を片手に戻ってくる。やがて、盆に茶碗をいくつも乗せたおばあさんも。 「騒がしくてすみませんねぇ。お茶淹れるから」 茶葉を急須に移して、電気ポットから湯を注ぐ。じいさんはとっとと食べ始めた。食え、とジェスチャーされたので俺も頷く。 「ありがとうございます。頂きます」 「次は飯で勝負じゃ。わしゃあ食うぞ!」 「黙って食べな!…もう、本気にしなくていいからね、勝手にやらせておいて」 焼き魚も味噌汁も文句なしにうまい。腹が減ってたのは事実だから俺も夢中で食べる。甘くない卵焼きはカルチャーショックだった。こういうのもあるのか。俺も遥の家も、砂糖は入れる派だったから。 おばあさん手製のぬか漬も頂く。きゅうりとかぶ。咀嚼して目を見開いた。別に漬け物そこまで好きじゃないけど、綾さんを越えるぬか漬に出会えるとは思わなくて。 感想を伝えたらおばあさんも嬉しそうだった。じいさんもぽりぽりしながら大きく頷く。 「わしゃ、このぬか漬が毎日食えるからこいつを娶ったようなもんじゃ。もうな、やかましいし金にうるさいしろくなことがない奴じゃがな、飯で全部を許してると言っても過言じゃない」 「あんたこそよく言うね。結婚してくれって泣きながら追っかけてきたじゃないの、きったない顔だったわ」 そんなこと覚えとらん、と明後日の方角を向いて茶碗を差し出すじいさん。お代りらしい。俺ももらう。大根の葉のふりかけがうまい。 箸をちょいと振りながら、じいさんはお勝手をちらりと一瞥した。 「若いの。こういうことじゃ。なんぼ嫌いなところがあっても、これだけあれば許せる、そういう奴を嫁にもらっとけ。うん」 ーーー 湊「いろいろ話して、毎日料理するんですって言ったらおばあさんが土産にくれたんだ、ぬか床のぬか。試しに作ってみたらやっぱりうまかった」 遥「ふうん…」 湊「俺は遥の嫌いなとこもなくはないけど、かわいさで全部相殺してるのは確かにあるわ( 'ω')」 遥「は?(怒)」 湊「褒めてんじゃんっ; だからほら、嫁にね、いや婿でもいいけど、ねっっ(`'ω')」 遥「(カチャカチャ)」 湊「ちょっ、お膳下げる準備しないで!聞いて!(´;ω;`)」 遥「(嫌いなところ…)」 遥「(ルシが前に言ってた…好きより嫌いなところを言えるほうが、よく知ってるってこと、だと)」 遥「(恋は『ここが好きだから好き』、愛は『ここが嫌いだけど好き』…)」 遥「(@鬱陶しい…A話が長い、B勝手に部屋に入る…C女にへらへらする…)」 湊「ねぇ聞いてるっ?;」 遥「(D大人げない…Eちゃんと寝ない、F自分をすぐ犠牲にする…)」 湊「はーるかー(´;ω;`)」 遥「(G拗ねるとめんどくさい、Hいちいち写真に撮る、I片づけが雑…)」 ぐいっ 遥「!」 湊「もー。ちっとも返事してくれないから構って攻撃してやる」 遥「……G」 湊「え?なに、はちって(・ω・)」 遥「うるさい。離せ」 湊「?」 ぷいっ 遥「(…それでも、嫌いじゃ、ない///)」 ↑main ×
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