:: いちご育成日記 2013.06.29 (Sat) 18:39 ・湊視点 遥は食べ物の好き嫌いが多いけど、全般的に好んでいるのは野菜でも魚でも肉でもない。果物だ。 季節のものをスーパーから買ってくると、俺が食べる間もなくさっさと消えている。菓子を食べないぶん、果物をおやつ代わりにしているらしかった。特に、りんごと桃が好きらしい。 「ね、食べる?」 さくらんぼがパック詰めで四百円くらいだったから買ってきてみると、遥はこくこくと頷く。あ、やっぱり好きなんだ。俺が夕飯を作るまでに、半分くらい食べてしまった。 そんなある日。 俺が帰ってきた時、遥はベランダにちょこんと座っていた。ベランダはリビングのガラス戸から出られるようになっていて、普段は洗濯物を干す場所に使っている。 「何してんの?」 いきなり声をかけたからか、遥はびっくりしたみたいでびくっと肩が跳ねた。その向こうにあるのは、小さめのプランターと苗とじょうろ。俺はぽかんと口を開けた。 「何してんの?」 思わず同じ台詞を繰り返す。遥は何故かプンプン怒って、何でもない、と俺の背を押してベランダから追い出してしまった。背後でガラス戸が閉まる。 「?」 プランターと苗と、じょうろ。小学生の夏休みの宿題を彷彿とさせる。そういや観察絵日記とかしたっけ。俺は絵が下手だったから、すくすくと育ったコスモスの絵さえも"ひどい嵐に見舞われたのね"とか先生に言われたな。 遥はあんまり小学校の頃の話はしたがらないけど、あいつにもそういう思い出があったらいいな。 と思ったら、本当にそうなった。 ○月×日 『水やり:300cc、日光浴:6時間、葉の色:緑、花:なし……』 「何これ」 手帳サイズのノートにきっちりメモってる様子を見て、俺はまたぽかんする。遥がしっしっと追い払うみたいに手を振った。 それからというもの、遥は帰宅するなり苗のところに駆けていって、水をあげて、観察して、はたまたPCでググったりして植物を育てていた。何の植物かは知らない。訊いても教えてくれなかった。 でもその努力の甲斐あって、あまりツタは伸びなかったけどすくすく育ってるみたいだった。 ○月×日 「へぇー、凄いわ遥ちゃん。育てるの上手なのね」 ルシが遊びに来た時、俺は会話をこっそり聞いていた。だってなんだか、俺だけがのけ者みたいなんだ。ルシは事情を知っているようで、 「できたらあたしにも味見させてね」 なんて笑ってた。じゃあ食べ物なのか、あれは。んー、ミニトマトとかはよくあるけど遥は別に好きじゃないし。 ○月×日 「あ」 ある日、洗濯物を取り込むついでに植物を見てみたら花が咲いていた。ちっちゃい白い花。遥が見たら喜ぶだろうな。携帯で写真撮って送ってやったけど、悔しかったのか返事は来なかった。 ○月×日 帰ってきてこっそりリビングを覗いたら、ベランダに座った遥が小さく植物に話しかけてた。うわ、かわいいことするじゃんか。 でも、早く実がなるといいな、なんて優しく笑いかけてもらえる植物がちょっと憎い。なんだお前、ふらふらっと来た新参者のくせに。……我ながら大人げないなぁ。 ○月×日 花がたくさん咲いた。よっぽど育て方がうまいんだな。そんなふうに褒めたら、実家で手伝っただけだ、とかぼそぼそ言ってた。 そっか、確かに遥の家は花が多い。だいたいは綾さんが世話してるけど、昔は遥もやってたのよ、って言ってた気がする。そのスキルが役立ってるわけか。遥はまた、観察日記を書いていた。 ○月×日 嵐が来た。遥は授業で帰れないから、代わりにプランターを室内に入れろとメールされた。 せっかく花が咲いたのに、ここで散ったら悲しい。仕方ないから俺もこの時ばかりはライバルに優しくしてやった。 ○月×日 花は終わって、実の準備に入ったらしい。受粉できるかどうか、遥は心配らしかった。その辺りも懸命に調べていた。 ○月×日 いくつかが小さな緑の実をつけた。遥は嬉しそうだった。 ○月×日 実が大きくなって、やっと俺にも正体がわかった。やっぱり果物だったんだな。 ○月×日 ついにきた収穫祭(笑) プラスチックのボウルを持って、遥がベランダに向かう。赤い実のひとつひとつを丁寧に摘んで、ボウルの中を満足そうに見つめていた。達成感に溢れた遥が嬉しそうで、本当によかった。 「ん」 「へ?」 ボウルを突き出されて戸惑う。遥は実と同じくらい真っ赤になっていた。 「お前……これ好き、だろ…」 「え……」 赤く熟れて、つやつやに光るいちご。それを見下ろし、あ、と俺は思い出した。 ずっとずっと前。おやつにミルフィーユを作った時、優太が俺に自分のいちごを譲ってくれたっけ。 『はい、兄ちゃん』 『いいんだぞ、お前が食べても』 『いいの。兄ちゃんいちご好きでしょー』 確かその場に遥もいたけど、知らんふりでおやつを食べてたから聞いてないと思ってた。 「ミルフィーユ、作ろうかな」 にっこり笑ったら、遥はぷいっと背を向けてしまった。 サクサクの生地と淡い赤のクリーム、甘酸っぱいいちご。食べながら、遥は珍しくおいしいと言ってくれた。 「俺も。いちご、おいしいよ」 「べ、別に、お前のため………………………………にしといてやる」 ああもう、どこまでかわいいことするんだ。あんなに丹精込めて育ててくれたのが俺のためだったなんて、本当に幸せ者だよ、俺。 「ありがと。遥、大好き」 俺からは、たくさんの感謝と愛を込めて。甘酸っぱいキスを贈ろうか。 ↑main ×
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