:: 宵闇遊園地2 2016.11.02 (Wed) 01:16 「回しすぎるなよ」 「あ、ごめん。気持ち悪い?」 アコーディオンのメロディーにつられ、中央のハンドルをぐるぐると操っていた湊は、横からの忠告に慌てて手を止める。遥は緩く首を振った。 「平気だ」 「そう? ごめんな、つい楽しくて」 それでもゆったりと回り続けるカップに揺られつつ、遥は周囲を見渡した。スタッフのウサギは暇そうに椅子の上で脚を組み、流れる音楽に時折船を漕いでいた。月は今、ちょうど真上にある。 「ね、次は何乗ろうか」 ハンドルの上にパンフレットを広げ、湊はうきうきした様子で声をかけてくる。年相応の笑顔に、また心が跳ねた。 「どれでもいい」 「じゃあ、これ。メリーゴーランド」 「子供か」 「えぇー。遥が何でもいいって言ったのにー」 弱まるアコーディオンをバックに、けらけらと笑う声を聞いて、暗転。 「狭い」 「それがいいんじゃん」 豊かなたてがみを備えた白馬に股がる、高校生二人。しかも同じ馬にだ。これが夢でなくて何なのか。 手綱代わりのポールに掴まり、背後からぎゅっと抱き締められ、体の固定は完了。ひとつ、準備が整っていないものを挙げるなら、早鐘を打つ心臓くらいか。パンダがスイッチを押し込めば、回廊はゆっくりと動き始める。 「ははっ、たのしー。遥とくっつけるし、後でもう一回乗ろうかな」 「馬鹿…」 すりすりと後ろから頬擦りしながら、湊はうっとりと告げるのだ。恋い焦がれる相手にこんな台詞を言われれば、否応なしに頭の中が沸騰してしまう。背中に触れる温もりは驚くほど鮮明で、少し早めの鼓動まで感じ取れた。 すれ違い様、パンダがふりふりと手を振るのに応え、湊はにっこり笑う。 「そういう素直じゃないとこも、俺は好きだけど」 『好き』だけど。 耳元で放たれた最大級の爆弾に、遥は思わずずるりとポールから手を滑らせてしまう。前のめりになった体を、すんでのところで湊が支えて引き戻した。 「ほら、危ないよ? しっかり捕まえないとな」 『掴まないと』ではなく『捕まえないと』だったのは、主語が自分でなく湊だからだろう。 熱っぽい耳を夜風がふわりと撫で、暗転。 「見て。きらきらしてる」 ガラスにぺたりと両手をあて、眼下に広がる光の海へ、そっとため息をつく恋人。むしろ輝いているのはお前のほうだと言ってやりたいが、こっそり胸の内に留めておくことにする。円い籠の中で、穏やかな時間だけがゆっくりと過ぎていく。 「そうだ。遥、これ」 不意に湊がごそごそとポケットをあさって取り出したのは、小さなヒヨコのマスコット。遥がおずおずと手を開けば、黄色い雛がころんと転がった。 「さっき買ったんだ。今日の記念。……って、ちょっと子供っぽかったかな」 「…別に、いい」 手の中のそれを優しく包むと、まだ湊の温もりが残っていた。照れたように笑っていた湊だが、ちらりと窓の外を見やると、やがて意を決したようにひとつ頷いた。 「――もうすぐ、朝がくる」 「え……?」 遥は顔を上げ、ガラス越しの空へ目を向けた。夜を覆っていた闇の一部が、ほんのりと白んでいる。遥が大きく瞳を見開いた。 「……もう、終わりなのか」 朝靄に包まれたテーマパークから、弱々しい鐘の音が響き始める。湊は目を伏せ、ゆっくりと頷いてみせた。 「っ……ぃや、だ…!」 踏みしめた床の金属板がぎしりと鳴る。耳障りなそれにいっそう表情を歪ませ、遥は手の甲を目元に押し当てた。たとえ夢でも、泣くところは見られたくない。 「ぅ……っ、く…」 「遥」 すっと隣に腰かけた湊は、泣きじゃくる遥を優しく抱き寄せ、なだめるように背を撫でる。湊の胸に濡れた頬を擦り付け、遥はぎゅっとしがみついた。いずれ醒める夢ならどうか、すがることくらいは許してほしい。 「大丈夫。きっとまた、会えるから」 「やだ……っ、ここに、ずっと…っ…」 頑是なく懇願を口にする遥の涙を指ですくい、湊は両手でそっと白い頬を包む。 「好きだよ、遥。もう一度、伝えることができたら、その時は――」 返事、聞かせてね。 甘い声も、優しい感触も。溢れる光の中にすべて、とけていく。 やがて、目が覚めた。 〜〜〜 「ゆめ……」 掛け布団を跳ねのけて起き上がり、そっと目を瞬かせる。長く素敵な夢の記憶は、意識が戻ってもなお、頭の片隅を占拠している。鮮明に思い出せるほうがよかったのか、それとも忘却の彼方に送られたほうが幸せだったのか。わからないまま、今日も制服を身に纏う。 幾分か腹の空かない体に朝食を詰め込み、靴を履いて玄関を出る。眩しいほどの太陽が照り注ぐ道の先で、いつもと変わらぬ友人が手を振っていた。 「おはよ」 明るい笑顔にときめく心を、まだ殺せずにいる自分。こっそりとため息をついて、家の門をくぐった。 「えーと。あの…さ」 「なんだ」 珍しく歯切れの悪い湊は、スラックスのポケットからあるものを取り出す。遥は何気なくそれを見やり――やがて目を見開いた。 「これ…よかったら、一緒に行かない…?」 薄っぺらい紙切れに記された、テーマパークの踊り文字。チケットを持つ手は柄にもなく震えている。 「その……こういう場所だから、無理にとは言わないけど。ほら、普通はデートとかで行くとこだし、俺と行くの嫌だって言うなら他の人誘うからっ…」 めちゃくちゃな言葉遣いの中に確かに混じる、照れと懇願。反射的に滲みかけた雫を引っ込めて、遥は小さく笑う。幸せすぎると、人間はこうも可笑しくなってしまうらしい。 「条件がある」 「へ? な、何?」 「…ヒヨコのマスコット、奢れ」 「え、えぇっ? ヒヨコ、売ってるかな…」 疑問を抱くことさえせずに端末で土産物を調べ始めた横顔を、遥はそっと見つめる。湊は困りながら、しかし時折嬉しそうに微笑んでいる。 きっと伝えよう。 円い籠の中、光の海を臨む君と、再び出会えたなら。 終幕。 *** かなり前から書いてたのですが、なかなか終わらず苦労しました(´・ω・) 本編でもいいけど、設定があれなのでログにします ↑main ×
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