:: 宵闇遊園地
2016.11.02 (Wed) 01:10

・友達関係の湊(→)←遥


「あーあ、数学赤点だった。いてっ」

「テスト前に漫画なんか買うからだ」

高校からの帰り道。夕暮れの中をぽつぽつと歩きながら、二人は他愛のない話を口にする。端から見ても本人たちから見ても、それは友達以上でも以下でもない関係だ。
だってさぁ、と唇を尖らせた湊を横目に、遥はそっとため息をつく。別に呆れたわけではない。彼のことはいいところも悪いところもよく知っているし、そんなの今更だろう。ただ、見知った家が徐々に近づいてくることが気持ちを落とさせた。

「あ、それじゃ。また明日な」

「ああ」

会話もそこそこに、彼はすうっとその門に吸い込まれていく。家の中に消えるのを見届けて、遥はとぼとぼと歩き出した。

〜〜〜

(赤点なんて取るくらいなら、教えてやるのに…)

夜。風呂から上がり、明日の支度を済ませた遥はごろんとベッドに横たわる。枕にぽすっと頬をくっつけ、唯一の友人である彼のことを思う。
湊はあまり勉強ができるほうではないが、それを十分に補える運動神経と優しさ、そしてルックスを兼ね備えた、所謂イケメンという人種だ。モテていても女子をとっかえひっかえするような軽薄さもなく、そこがまた人気なのだろう。人見知りで不器用な自分とは何もかもが正反対だ。友達であることにも疑問を覚えるくらいに。

(そんな奴が友達じゃなくなっても、何とも思わないか…)

遥は恋をしている。誰とはわざわざ言わなくてもわかるだろう。
相手が友達として接しているのに、と罪悪感を覚えないこともない。けれどかわいい女の子を差し置いてまで叶えたいとは望んでいないし、身を引く覚悟はもうできている。

(今日で、きっぱりと諦めよう)

今はそうでなくても、いずれ湊に恋人ができた時に祝福してやれないのは嫌だ。傷つくくらいなら、今のうちから諦めてしまえばいい。
毛布を頭まですっぽりと被り、自分の思いに手を振って、遥は意識を終えようとした。


──楽しげな音楽。人々の笑い声。鼓膜へ届いた騒がしさに、遥はかぶりを振って目を開いた。

(なんだ…ここ……)

色とりどりのバルーンで飾られた、巨大なゲートの前に遥は立っていた。ここはテーマパークだろうか、こちらへ押し寄せてくる人の波は、遥をすり抜けては消えていく。家族、カップル、友人、学生。たくさんの人々がゲートをくぐってくるのだ。それらはやがて減っていき、ついには人っ子ひとりいなくなる。暗がりの中、ゲート上のスピーカーが音を立てた。

『本日の営業を終了させて頂きます。またのご来園をお待ちしております』

スピーカーはいくらかノイズを響かせ、あっという間に壊れてしまう。ふと視線をゲートに戻して、遥は目をみはった。私服姿の湊が、ゲート内から手を振っているのだ。

(なんで…)

その笑顔にきゅっと胸が痛む。もう友達以上の気持ちは抱かないと決心したはずなのに、簡単にぐらついてしまう心が憎い。
夜の空気をいっぱいに吸い込み、遥はゲートへ駆けだした。

「こんばんは、遥」

「えっ…?」

にっこりと笑いかけてきた湊は、当然のように下の名前を呼んできた。遥は首を傾げたが、夢の中という非日常の空間を見回して納得する。

(都合よくできた夢なら、当たり前か)

「さぁ、行こうか」

差し出された手を掴むことに躊躇していても、湊は微笑みながら待ってくれている。

「今日はもう…閉園なんじゃないのか」

先程のアナウンスがあったからか、テーマパーク内は真っ暗だ。この受付ゲートだって誰もいない。平気だよ、と湊は笑った。

「だってここは、今から俺と遥の遊園地になるんだから」

ぱちん、と湊が指を鳴らす。
その瞬間、光が弾けたように次々とアトラクションが稼働していく。ゲートにも明かりが灯り、園内の道を光の玉が列をなして彩る。ひとつおかしいとすれば、どこにも人がいないというだけ。

「ほら、行くよ。パレードが始まっちゃう」

「っ、おい…!」

強引に手首を掴まれ、湊に引きずられるようにしてゲートをくぐる。

(手……)

湊の手は温かくて、ぎゅっと握ると安心する。ドキドキと鳴り響く鼓動を持て余しながら、光のテーマパークに足を踏み入れた。
階段を下った先には広場があり、百円を入れてもいないのに動き回る動物たちの乗り物があった。そこを越えると、観覧車、ジェットコースター、コーヒーカップにホラーハウスなど遊園地さながらのアトラクションが見える。欧州の街並みを模した土産屋を練り歩くように、派手な動物たちの楽団が角から姿を表した。

「間に合ったー。ごめんな、急がせちゃって」

お詫びにジュース奢るから、と湊は財布を取り出して小さな出店に向かう。店番らしいクマからジュースの紙コップを二つ受け取り、ひとつを遥に差し出した。
ストローに口をつければ、爽やかなオレンジの酸味が広がる。遥はじっと湊を見つめ、やがて呟いた。

「あ…りがとう…」

何故だろう。ここが夢とわかっているからか、いつもよりは開き直れる。湊はさっさと飲み終えたコップをゴミ箱に放り、嬉しそうに頷いた。

「どう致しまして。せっかくのデートだもん、ちゃんとエスコートしてあげなきゃな」

「…ああ」

ひとつ頷いて、また手を握る。きらびやかな楽隊の列を眺めながら、遥はゆっくりとジュースを啜った。

光がフェードアウトし、暗転。


「水に濡れるのか?」

「そうだよ。遥、乗ったことないの?」

ガコン、と自販機から落とされた透明なパック。開封し、取り出したレインコートを遥に着せつつ湊は答える。

「コースターが最後に急降下して、水にばっしゃーんってなるんだ。だから着ておかないと」

ばさっ、と自分も揃いのコートを羽織り、湊は手首につけたフリーパスをペンギンに見せる。彼はこくりと頷き、小さな歩幅でコースターへ案内してくれた。ベルトを締め、安全バーを下ろしたところでペンギンがスイッチを入れる。モーター音と共に、コースターが水面をゆっくりと進んでいく。

「なんかわくわくするなぁー。…あれ。遥、どうかした?」

「別に……」

チェーンが徐々に巻き上げられ、傾いたコースターはレールに沿って上昇する。これから落ちますよ、という前準備をひしひしと感じさせるような音だ。いわゆる絶叫系があまり得意でない遥としては、たとえ夢であっても怖さは拭えないのだ。

「大丈夫。ほら」

湊はくすっと笑うと、大きな手でしっかりと遥の手を掴む。脈がいっそう早まった。

「怖くないよ。俺も一緒なんだから」

上りきったコースターがすいすいと水面を滑り、やがて前方に滝を模した下り坂が見える。きつく目をつむって手を握れば、湊もそっと握り返してくれた。

激しい雨のような音を最後に、暗転。


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