:: モブから見た湊遥 2015.04.19 (Sun) 02:21 こんにちは。ええと、名前は残念ながら付けてもらえないそうなので気軽にモブ太でもモブ郎でも呼んで下さい。とりあえずモブと言います。僕は数学科二年のごく普通の男子です。 ある日の午後のこと。 「これからペアを組んでもらいます。興味のある分野の数式を二人で相談して決め、それを詳しく調べて後日発表してもらいます」 とある授業で、数式の意味やその成り立ち、用途などを調べ、まとめるという課題が出された。それをグループワークというか、二人組で行うらしい。ペアは番号順で先生が決めたそうで、僕は相手の名前を確認するなりぞっとした。 (さ、桜井くんか…) この桜井くんという人、学科の中ではかなり成績がいい。ぱっと見は少し女の子っぽくてかわいいんだけど、すぐに睨まれる。普段から無表情だし、人と話しているのをめったに見ない。何故か爽やか系の榛くんとは仲良しのようです。でも、僕は桜井くんが怖くて仕方ない。僕がミスしたら視線で殺されそうだ。 (うぅ、仕方ない…) 授業の単位がかかっているんだし、桜井くんも協力しないわけにはいかないはず。僕は席を立って、桜井くんのそばに恐る恐る寄っていく。 「さ、桜井くんっ」 ああ、見事に声が裏返っちゃった。こっちを向いた桜井くんは、誰だお前、って顔で睨んでくるし。怖い、怖いよぉ! 「僕、モブっていいます。これからよろしく! 発表、頑張ろうね」 きっと握手はしてくれないと思って、手は出さなかった。声を張り上げた僕をじっと見て、桜井くんは小さく頷いた。 「ああ」 って、それだけ。でも怒られなくてよかった。 ほっとした僕は、何の数式にするかを決めようと話し始めた。まぁ、最終的には桜井くんが断固として譲らなかった公式に決めたんだけど。 それから僕らは空き時間を利用して図書館にこもった。文献を探して、その公式を作った人物、研究内容、時代背景なんかをひととおり調べた。桜井くんはもちろん真面目にやってくれたし、わからないところは訊けば答えてくれたから思っていたより怖い人じゃなかった。消しゴムも貸してくれて、案外優しいのかな、って思ったりもした。 「あとはまとめるだけだね」 夕方。図書館を出て僕が言うと、桜井くんは首を横に振った。 「発表するまでが課題だ」 「あ、そっか」 調べることに夢中ですっかり忘れてた。パワーポイントにまとめて、スライドを映しながらみんなに発表するのが最終工程だ。 「あ、あのさ。調べるのは桜井くんがすごく頑張ってくれたから、僕がスライド作ってくるよ」 調べる作業は僕もしていたけれど、知識は桜井くんにはかなわない。見たことのない数式も、知ってるみたいにささっと解いちゃうからすごいんだ。きっと僕ひとりだったら終わらなかった。だからせめて、僕にできることは頑張ってみようと思ったんだ。 「…いいのか」 「うん! あっ、僕もそこまでパソコン得意なわけじゃないけど、今まで桜井くんに頼っちゃったし。明後日までにやってくるね」 ふぅ、って桜井くんは息をゆっくり吐き出す。 「……組んだ相手が、お前でよかった」 「えっ…」 小さい声だったけど、確かに聞こえた。僕でよかった、って。桜井くんはそう言ったんだ。 「ぼ、僕もだよ! 桜井くん、すごい頭いいし…僕、頑張って作っ」 「あれ、遥?」 はりきる僕の声を遮ったのは、知らない男の子。と思ったら知ってた。なんたって、理系の僕らにも浸透してる彼だ。文学部の有名なイケメン、小宮くん。 「な…なんだ」 (あれ?) なんだろう、桜井くんがいきなりよそよそしくなった気がする。っていうか。 「桜井くん、小宮湊くんと知り合いだったんだね!」 そこにまずびっくりした。桜井くんもイケメンというか、確かに顔はいいからそういうコミュニティなのかな。下の名前で呼んでるって、結構打ち解けてる証拠だよね。へぇ、って小宮くんが僕に笑いかけた。うわぁ、やっぱりかっこいい。 「俺のこと知ってるんだ。はは、びっくりした」 イケメンオーラが取り巻く環境は僕にはちょっとつらい。でも気さくな感じだし、小宮くんって友達多いんだろうなぁ。 「君は? 遥の友達?」 「あ、えぇと…桜井くんとは、講義の課題を一緒にやってて。モブっていうんだ」 桜井くんをちらっと見ると、小宮くんを横目にガクブルしてた。なんでだろう、小宮くんが苦手なのかな。 そっか、と小宮くんは頷いて冗談混じりに言う。 「ぱっと見は怖くて話しにくそうだけど、実際そんなことないから仲良くしてやってな」 「お前には関係ない」 眉を寄せた桜井くんがむっとすると、小宮くんは一呼吸置いてから、ふーん?って顔を覗き込んできた。 「関係ない、ねぇ…」 しまった、とでも言うように、桜井くんがさーっと青ざめる。一瞬だけ、小宮くんが意地の悪そうな笑みを浮かべたけど、きっと見間違いだよね。こんなに親しげで優しそうな人だもん、僕の目が悪かったんだ。 「もう慣れたからどうってことないよ、そんな台詞。あ。俺、遥と同じ高校なんだ」 なるほど、だからこんなに仲がいいんだ。大学に入ると、同郷の人はいても高校が同じなんてなかなかいないし。羨ましいなぁ、って僕は思う。 「そうなんだ。いいなぁ桜井くん、仲良しの人が同じ大学にいて」 「よくない。別に、仲がいいわけでも…」 「あっ、そうだ。これからちょっと買い物付き合えよ、遥」 腕時計をちらっと見て小宮くんがそう言うと、桜井くんは不満げに顔を曇らせた。すごいなぁ小宮くん、僕ならあんな顔されたら何も言えないよ。 「あれぇ? ……他に予定でもあるの?」 にっこりを崩さないまま、小宮くんが尋ねる。するとどうだろう。桜井くんはありありと恐怖の色を浮かべていた。さっきまでむっとしてたのに。でも何が怖いんだろう。一緒に買い物に行くなんて、やっぱり仲良しじゃないか。 「…じゃあな」 「えっ。あ、うん!」 くるりと僕に背を向けて、桜井くんは歩き出す。小宮くんがくすくす笑ってた。うーん、よくわかんないけど小宮くんはいい人だよね? 「ってことで、買い物付き合ってくれるみたいだから俺も行くね。またな、モブくん」 「うん、バイバイ」 僕に手を振って、小宮くんは桜井くんの後を追っていく。よし、僕も帰ろうっと。 それにしても桜井くん、ちょっと変だったなぁ。やっぱり、ああいうモテる人が友達だと僕みたいに気後れしちゃうのかな。ふふ、案外桜井くんも人間らしいところがあるんだ。 〜〜〜 「…おい。こんなところに何の用……んんっ」 人目につかない駐輪場の陰で、いきなり唇を奪われた遥は目を見開く。壁に背中を預けた状態で何度も唇を擦り合わされ、湊の胸を叩いてやめさせようとした。 「んむ……っは、何やって…っ」 息が上がり過ぎてうまく言葉にならない。咎められた湊は完璧な笑みを貼りつけたまま遥に迫った。 「遥が悪いんだろ? 新しいお友達といちゃいちゃしてるから」 「してない…。勝手に、勘違いするな」 「したくもなるよ。相手がお前でよかった〜とか、意味深なこと言っちゃって」 「っ! なんで知って…」 聞いていたのかと詰め寄れば、湊は飄々とそれをかわす。 「聞こえただけだって。ほら、俺は耳がいいからさ」 意図して聴いていたくせに何を嘯くのか。はぁ、と遥はため息をついた。 「ま、そんな冗談はいいとして」 ぎゅっと抱きしめられ、湊の匂いと温もりに包まれる。背徳感も相まって、どきどきと心臓が高鳴った。 「俺以外に、そういうかわいいこと言うの禁止な。妬いちゃうよ?」 「…ふん」 嫉妬を馬鹿にする気はない。何故なら、きっと自分のほうが嫉妬深いからだ。湊が女の子とペアを組んだだけで、歯痒く感じてしまうくらいに。 腕をそっと湊の背にまわして、自らも抱きついてみる。湊は嬉しそうに笑って、すりすりと髪に頬摺りしてきた。 「帰ろ」 「ん」 寄り道なんかしないで、まっすぐに。帰宅して、食事して、入浴して、愛し合ったら。寝る前に、お前が恋人でよかったと、そう言ってやればいいに違いない。 *** モブは何も知らずに終わります(´・ω・) ↑main ×
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