:: しあわせごはん/湊遥+佳
2015.02.16 (Mon) 03:51

・佳奈子視点


ひとりきりの食事は退屈だ。もちろん慣れちゃえばどうってことないし、テレビでも見てれば気は紛れるんだけど──なんていうのかな。誰かと囲むごはんは、特別なものなんだよ。

この家のこたつで課題に取りかかってると、いろんな匂いがキッチンから漂ってくる。ふと顔を上げた遥ちゃんが小宮に笑いかけられて、慌ててノートに目を落とした。耳がちょっと赤い。

「楽しみだね、ごはん」

ちっちゃい声で話しかけたら、遥ちゃんは恥ずかしそうにこくんって頷いた。知ってるよ、遥ちゃんは小宮のごはんが大好きだって。あ、こう言ったらおかしいか。小宮も、小宮のごはんも好きってことね。
じゅーっ。とんとん。ざっざっ。この音を聞いてると安心する。昔、あたしが宿題をやってた傍らで、おばあちゃんやお母さんが夕ごはんを作ってた音だから。おじいちゃんが見てた水戸黄門を耳だけで聞いて、お母さんたちの調理の音を聞いて、あたしは宿題を頑張ってた。そう、今と同じ。

「何作ってるんだろうね」

キッチンを横目に訊いたら、遥ちゃんはちらっと小宮を見て口を開いた。

「唐揚げ」

「え、わかるの?」

ここからじゃ、小宮の胸から上は見えても調理器具や材料は見えないはず。でもあたしはすぐに気づいた。小宮がさっき笑ってたのはそういうことだったんだ。

「…なーるほど、ね」

いいこと聞いた。ノートの欄外にささっとメモる。この家は本当にネタが尽きない、あたしの隣のお宅も同様に。

「小宮ー。肉いっぱいにしてよ、あと米も!」

「人ん家に上がり込んでんのに図々しい奴だな」

はぁ、って小宮は肩をすくめてみせるけど、嫌な顔はしなかった。あたしだってタダ飯をたかってるわけじゃないわ。じゃがいも、豆腐、昆布、鮭。遥ちゃんの好きそうなものをしっかり献上してあげたんだから。まぁ、自分じゃ調理がめんどいってのもあるけど。

「そろそろできるから、片づけてくれるか」

「おっけー」

テキストを閉じて、筆記用具とひとまとめにする。遥ちゃんも難しい本を棚に戻しに立ち上がった。
消しゴムのゴミを捨て、布巾でテーブルをさっと拭く。小宮が両手に皿をそれぞれ載せてやって来た。眼鏡の奥で、遥ちゃんの目が輝くのがわかった。

「おいしそー。よかったね遥ちゃん」

遥ちゃんの大好きな大根とえのき、厚揚げの煮物。厚切りの大根が、煮汁をたっぷり吸ってつやつやしてる。こんなの、ひとり暮らしじゃお目にかかれない。

「ほら、これで好きなだけ食べられるだろ」

どん、と大皿で運ばれてきたのは本日のメインディッシュ、鶏の唐揚げ。こんがりと揚がった衣は厚すぎず薄すぎず、遥ちゃんが目を大きくする。なんか小宮、最近掛け持ちで始めたレストランのバイトのせいか、さらに女子力上がってない?

次にテーブルに並べられたのはポテトサラダ。あたしのじゃがいもが役に立ったのね。キュウリとハムが入ったシンプルなもの。唐揚げが脂っこいからか、マヨネーズは少なめに見えた。

他にもほうれん草のお浸し、豆腐とわかめの味噌汁、そして白米が登場する。あたしの茶碗には、遥ちゃんの倍くらいのごはんがこんもりと盛られていた。で、ようやく小宮もこたつに入って、箸を取る。これはもういいってことでしょ。それではありがたく、

「頂きます!」

うきうきしながらあたしはお客様用の箸を掴んで、唐揚げをゲットする。さっくりした衣の中からジューシーすぎるお肉が現れた。ああ、幸せ。ほんのり生姜の効いた味に、ごはんが進んでしまう。

「落ち着け」

お茶を注ぎながら小宮は苦笑してるけど、返事する暇があるなら早く食べたい。味噌汁もひとくちすする。しっかりした出汁と合わせ味噌のまろやかさがいい、これぞ日本の味。そこそこおいしいと思ってるインスタント味噌汁を軽く越えてくる。またごはんを食べる、幸せ。
ふと遥ちゃんを見れば、やっぱり物も言わずに唐揚げをむしゃむしゃ食べていた。食に夢中な遥ちゃんが珍しくて、つい箸を止める。大根を半月型に箸で切って、ぱくりと口に収める。その後、サラダをゆっくりと味わって、大根おろしが乗った唐揚げをひとつ。最後にちょびっとのごはんをひとくち食べて、お茶をすすって。そして──ふっ、と微笑んだ。でもまたすぐに、なんでもない普通の顔に戻って箸を行き来させる。

「…?」

遥ちゃんの向かいに座った小宮へ目線を移す。小宮は、箸を持ってはいるけど、宙で動きを止めていた。自分のごはんが冷めるのも構わずに、ただじっと、柔らかい眼差しで遥ちゃんを見つめてた。

「ぷっ」

なんだかおかしくて吹き出しちゃった。だってさ、あまりにその瞳が雄弁すぎるから。
好みはあれどイケメン。女の子からはモテまくるし、コミュ力も高くて友達も多い。要領もいいし、それでいて女子力が高い、そんなイージーモードな人生送ってる奴の幸せがこれなのよ。たったひとりの愛する人を、自分の料理で喜ばせてあげたい。ただ、それだけなんて。

「……ま、あたしもその幸せを見るために来てるんだけどさ」

「ん、なんか言ったか?」

小宮につられて、遥ちゃんもこっちを向く。ううん、ってあたしは笑顔で首を振った。

「なんでもないわよ。…ほんと、おいしいなって思ってさ」

やっぱり誰かと囲む食事は、それだけでおいしいものなのよ。特に、

「あんたと遥ちゃんと食べてると、いろいろあったかいわ」

恋人のためにおいしいものを一生懸命作ろうとする姿と、その愛情にしっかり応えて食べてあげようとする姿と。
ああ、あたしはやっぱりこの家の食卓が好き。


***
萌えが見られる+いい食事で心が満たされる幸せは計り知れません(´・ω・`)



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