:: うさはるの嫉妬
2015.01.04 (Sun) 15:20

・猟師みなと×うさはる設定第二弾


「ん…」

優しく頭を撫でられる感触に、はるかはゆっくりと目を開けた。しかし、それと同時に頭だけでなく腰をさわさわと這い回る手に気づき、ベッドから慌てて飛び起きる。

「やめろっ、変態!」

罵倒の言葉を添えてきつく睨みつければ、その主はちょっと驚いてからデレデレし始めた。

「ごめんごめん、はるかがあんまりかわいいからつい触りたくなっちゃって。ね、しっぽ触らせて? はぁはぁ」

荒い息と共に尚も腰回りに伸ばされた手を避け、はるかは威嚇を込めてその指に噛みついてやる。そこそこ痛いだろうと思う強さで歯を立てたのだが、何故かみなとには勘違いされてしまう。

「ふふ、じゃれてるんだ。かわいいなぁ」

しまいには"こっちの指も噛む?"などと左手まで出されてしまい、はるかは深くため息をつく。変態もここまでくると末期としか思えない。
みなとの手をすり抜け、木の椅子に座って朝食をとることにする。焼きたてのパンに手作りのいちごジャム、チーズ入りオムレツ、じゃがいものポタージュ。どれもほかほかと湯気を立て、見ている間にもお腹がすきそうだ。以前は起きてすぐ食事をすると胃腸がうまく動かず、食べ物が喉を通らなかったのだが、みなとのご飯に慣れてしまうと朝食が待ち遠しくなるほどだ。この家に住む条件としてはるかが提示した、おいしい食事を作れ、との命令をみなとは忠実に守っていた。

(確かに、まずい飯は出たことがないな…)

おいしい、なんて素直になれないはるかは一度も口にしたことがないものの、いつも残さずに食べている様子からしてみなとには伝わっているのだろう。ぱくぱくとパンをかじるはるかに微笑み、みなとは温めの紅茶を淹れてくれた。

「ミルクいるかな?」

「いらない。砂糖も入れるな」

甘い飲み物は昔から好んでいない。もちろん、森で採れるものが限られているせいで口にしたことがないというのも理由だが。
ストレートの紅茶を飲み終えて椅子の背もたれに体を預ければ、あっ、とみなとが思い出したように手を叩いた。

「そうだ。今日、ちょっと午後から出かける用事があるんだけど…はるか、一緒に行く?」

「場所による」

食事が終わり、尚もはるかは自分の寝床へ戻ろうと腰を上げる。特に用がない限りは、動かず体力を温存しておくのが動物の基本なのだ。

「知り合いの家だよ。昨日、たくさんチーズが手に入ったからお裾分けしようかと思って」

「ふうん…」

何かと思えばそんなことか。まぁ、生活を共にするようになってからみなとの優しさは十分すぎるくらいに感じている。おそらく他人にもお人好しを発揮するのだろうと予想していたので、特に驚くことではない。

(ん…?)

一瞬、胸のどこかがちくりと痛んだ。しかしその辺りをさすっても違和感はなく、はるかは首を傾げる。

(気のせいか…?)

「……行ってやってもいい」

「よかった。じゃ、その帰りに桃をもらってこようか。はるか、好きって言ってたよな」

何気なく笑顔を向けられ、はるかは慌ててぱっと顔を背ける。大したことではないのに、何故か恥ずかしく思えてしまうのが不思議だ。

「ち、チーズ分けたら…さっさと帰る、からな」

「え? うん…」

散歩気分でのんびり過ごそうかと思ったみなとだが、はるかの言葉に少し目をみはる。しかし尋ねることもないまま、毛布に潜ったはるかを見つめていた。



「あらぁ、久々じゃない小宮」

戸を開けるなり姿を現したのは、長い赤茶の髪に眼鏡をかけた女性だった。その隣で、赤いずきんをかぶった少年がにっこりと笑っている。

「久しぶりだな。これ、チーズいっぱいもらったんだけど食べ切れなくて…」

バスケットに入ったチーズを覗き込み、赤ずきんは嬉しそうな声を上げた。

「わぁ、こんなにたくさん。ありがとうございます!」

「あんたもたまには気が利くじゃない。いいわ、こっちにも葡萄酒が余ってるし、せっかくだから飲んでいきなさいよ。チーズに合うわ」

「葡萄酒か、いいなぁ。じゃあお言葉に甘えて…わっ」

ぐい、と服の裾を引かれ、敷居を跨ごうとしたみなとが急いで後ろを振り返る。不機嫌を全面に押し出したはるかが、恨みがましげに服へ爪を立てていた。

「用は済んだだろ。帰るぞ」

「いや、でもせっかくなら葡萄酒飲みたいし…大丈夫だよ、ルシならうさぎでも入れてくれるから」

(るし…?)

本名かあだ名かは知らないが、みなとが女性をそんなふうに呼ぶなんてよほど親しい相手に違いない。みなとの優しい声が、胸をちりりと焦がしていく。
睨んだまま膠着していると、はるかに気づいた赤ずきんの母──かなこが声をかけてきた。

「そこの子はうさぎちゃん? 小宮の知り合いなの? よかったら上がっていって」

野菜もあるわよ?と優しく誘ってくれるかなこを一瞥し、はるかはぱっと手を離す。

「か、帰る。具合が…悪い、から」

気遣いを断るのは気が引けるが、彼女のそばにいると胸がむかむかして仕方ない。さっきまでは何ともなかったはずなのに。

「えっ! じゃあ俺も…」

「お前は来るな!」

後を追おうとしたみなとを留め、はるかは回れ右をして呟く。

「楽しんで…くればいいだろ。俺なんか、ほっといて……っ」

「はるかっ!」

呼び声を振り切るようにぴょんっと遠くへ跳び、全速力で駆けていく。みなとは追ってこない。

(来なくていい…)

そう思うほど胸がずきずきと痛む気がして、はるかは涙混じりに愚痴をこぼす。

「くそ……何なんだよ…」

どうしてこんなにも苛つくのか。悔しいのか。自分の気持ちが、ちっともわからない。



小屋に着いてすぐ、はるかは寝床へ潜り込んだ。毛布を頭まですっぽりと被り、布団の中で体を丸める。耳はふるふるとみっともなく震えっぱなしで、熱さと冷たさの両方が胸の奥からこみ上げてきた。


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