:: 家に帰ると先輩が必ず死んだふりをしています
2013.06.13 (Thu) 20:33

・家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています、のパロ
・凌かり



「ただいま帰りましたー。ほにゃああ!」

かりんは玄関のドアを開けるなり、目の前の廊下に倒れ伏していた体を見つけて悲鳴を上げる。だがそれも慣れというべきか、すぐにふぅと息をついて靴を脱いだ。

「先輩、もう…だめですよ。床が血まみれじゃないですか」

倒れた体の周りで広がるトマトジュースに、かりんはぷっと頬を膨らませる。そして背中にぐさりと突き刺さっているように見える、おもちゃの包丁を抜いた。

「桜井さんや夏風さんが見たら、きっと気絶しちゃいますよ」

「そうだな」

仲間内で怖がりな二人を想像し、凌也は喉の奥で低く笑う。ほら、とかりんは雑巾を手にして声をかけた。

「もー、お掃除大変ですよ。先輩はお風呂に行って下さい。あ、服は洗濯機に入れる前にもみ洗いですよ」

「ああ、わかっている」

何事もなかったように凌也がすっくと立ち上がると、シャツやボトムの一部が赤く染まっている。そのまま風呂場へ向かったのを見送り、かりんは床を拭き始めた。



「ほにゃあっ、矢がぁ!」

「ほぇ! 軍人さんっ?」

「にゃーっ、○ラックマぁ!」

いったいどうしてこんなバリエーションを生み出せるのかと、かりんは毎日ドアを開けるたびに不思議でならなかった。
日本史の教科書の落書きよろしく頭を矢が貫通してたり、どこから調達したのか軍服で銃を抱えていたり。クマの着ぐるみが這ったまま死んでいた時は、いっそ佳奈子宅に逃げ込もうかと思った。

「もー、こんな悪戯しないで下さいよぅ」

床の血糊を拭きながら、かりんはちょっとため息をつく。凌也はその声に目を伏せ、代わりに夕食を作るべくキッチンへ赴いた。しかしかりんがすかさず後を追う。

「ま、待って下さい! せめて頭の矢は外してぇっ」

「ん? ああ、つい」



「はぁ……なんでなのかなぁ」

死んだふり以外は、いつもと変わらない平凡な日常。それで十分幸せを感じていたのに、凌也はどうしてしまったのだろう。ううんとかりんは思い悩み、やがてある可能性が浮かんだ。

「もしかして…寂しかったの、かな」

ここ最近で、かりんはバイトを始めた。大学にも慣れてきたので、自分で生活費を稼ごうと思ったのだ。そのおかげで帰宅が凌也より遅く、死んだふりを見つける羽目になるのだ。
かりんも本当は凌也との時間を削りたくなかったが、ただでさえ厳しい経済事情の中で、収入もなしに大学へ通うことはできない。それにバイト先の先輩たちはみないい人ばかりで、仕事を終えてもついつい長居してしまうのだ。

「先輩……」

凌也は寂しいなんて一言も口にしなかったし、もともと寂しがりな性格でもない。だから平気かと思ってしまったのだが、実のところは違ったのかもしれない。
そう思ったらいてもたってもいられなくなり、かりんは素早く立ち上がる。ちょうど血糊を落としてきた風呂上がりの凌也に、勢いよく抱きついた。

「僕っ、先輩が血だらけでも矢が刺さっててもクマでも大好きです! 好きなんです……好き、です…」

「かりん……」

泣きそうな顔をそっと包まれ、かりんは目線を上げる。優しい微笑みに、心がずっと満たされていった。しかし。

「俺は……ぐふっ」

「ひにゃああ!?」

突発的に吐血をかました凌也はうずくまり、ぽたぽたと口から垂れる血を手で押さえる。また例の悪戯かとかりんはすぐにわかったが、こぼれたのはため息でなく笑いだった。

「あははははっ。凄いです、どんな仕組みなんですか?」

「ケチャップをラップに詰めて口内で歯を立てるだけだ」

「おかしいですよ、ふふふっ」

そう。きっと、これが彼の愛の形なのだ。普通とは少し違っているだろうけれど、愛する彼の愛情表現ならばどんなものでも受け入れたいと思う。にこにこと笑顔で自分を見つめるかりんに、凌也も小さく笑った。

「……俺には、お前しかいないようだな」

「はい、もちろん」

二人はひとしきり笑い合った後、やたらと酸味の強いキスを交わした。



「今日はどんな感じかなぁ」

しばらく着ぐるみを見ていないからそれがくるか。いや、今度は感電や毒物なんかで演技するかもしれない。

「ふふ、お掃除が楽なのだといいけど。先輩ー、ただいま帰りましたー」

こうしてかりんは今日も、元気な声と共にドアを開ける。



***
なにこれ(^q^)
あっ、ケチャップの件はこちらで勝手に付け足しました。
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