:: アイドル湊×大学生遥D
2014.09.20 (Sat) 22:21

「お、下ろせ…っ」

「ベッドまで運んであげるから、大人しくしてて」

足をばたつかせると即座にたしなめられ、遥は赤面しながらも抵抗をやめる。今までにも何度かされたことはあったが、まるでお姫様というか、恭しく扱われることには一向に慣れない。
湊は寝室のドアを体で押して開け、暗い部屋を進んでセミダブルのベッドへ遥を下ろす。ソファに負けず劣らず、眠気を誘うふかふかのベッドだ。横たわって枕に頭を乗せると、ベッドに腰を下ろした湊が髪を優しく撫でてきた。

「お休み。台本読まないといけないから、先に寝ててな」

「えっ…」

自分でも思わぬ言葉が漏れてしまい、遥は慌てて口を押さえる。せっかく広いベッドをひとりで占領できるというのに、こんな残念そうな声、湊に一緒に寝てほしいみたいではないか。湊も少し驚いたらしく、やがて小さく笑いながら尋ねてきた。

「ひとりで寝るの、寂しい?」

「ちがっ…も、もう寝るっ」

火照る頬を見られたくなくて、羽毛布団をひっつかんで被る。だが頭まで覆ってはさすがに暑い。仕方なく顔を覗かせた遥の隣に、湊はごろんと寝転がった。

「遥が寝るまでは一緒にいるよ。ほら」

優しく抱き寄せてきた腕が背中をぽんぽんと叩く。湊の胸に寄り添うような形で、遥は湊のシャツの裾をそっと掴んだ。

「…そんなかわいいことされると困っちゃうな」

「あ……」

少し頭を上げた湊が、ゆっくりと顔を近づける。きつく目をつむれば、唇に柔らかい感触が触れた。

「キスも、三週間ぶりだな」

そう呟いた湊はやはり寂しそうで、遥もぎゅっと胸が締めつけられる。毎日一緒にいたいなんて贅沢な願いかもしれないが、そんなことを願う時点で、やはり自分も湊を愛しているのではないだろうか。

(まだ、言えない…)

言えば湊が喜んでくれるとわかっていても、きちんと気持ちの整理をつけない以上、半端な言葉では傷つけるだけだ。

「お休み、遥。明日はずっと、一緒にいようね」

湊の温もりが肌から、耳から、空気からも伝わってくる。それだけで不安が和らぎ、心の底から安堵がこみ上げてきた。

(心配なんか、いらない…)

湊は自分の気持ちを一番に考えてくれている。焦らなくても、きっと待っていてくれるはずだ。

穏やかな鼓動を隣で感じながら、遥はゆっくりと瞳を閉じた。



「ん……」

「おはよ」

眩しい日の光と、髪を梳かれる感触で徐々に覚醒していく。目を擦りながら遥が半身を起こすと、ちゅっと唇同士が触れ合った。もちろん、遥は突然の出来事に目を剥いてしまう。

「なっ…」

「おはようのちゅー。さてさて、朝ご飯っと」

遥に叩かれる前にするっと抜け出し、湊はベッドルームを後にする。残された遥は、やり切れない気持ちをぼふんと枕にぶつけた。そこでふと、枕が二つ並んで置いてあることに気づく。

(昨日、ここで一緒に……)

湊の腕に抱かれ、朝までぐっすりと眠ったのだ。まさか涎なんて垂らさなかったかと、遥は慌てて唇をごしごしと擦った。



「…おい。離れろ」

身支度を整えてリビングに向かうと、ダイニングテーブルではなくソファに挟まれたローテーブルに朝食が用意されていた。ホットサンドとコーヒー、ベーコンエッグ、温野菜のサラダ、フルーツヨーグルト。もちろん全て湊の手作りだ。
向き合って食べ始めたまではよかったのだが、さっさと胃に収めた湊は遥のほうに寄ってくると、後ろからすりすりと頬摺りしたりウエストに腕をまわしたり、とにかく甘えてくる。まだ食べている最中なのに、こんなふうにじゃれつかれては落ち着かない。

「気にしないで」

気になるからやめろと言っているのだが。遥が振り返って軽く睨むと、案の定微笑みで受け流された。

「こうやって、一緒に朝を迎えられるのが嬉しくてさ」

朝日を受けてよりいっそう輝く表情を前に、遥はため息をついて食卓に向き直ってしまう。今のが演技なら一発OKをもらえるくらいの笑顔だったのだが、遥はお気に召さなかったのか。しかし茶髪の隙間から見えた耳はほんのりと赤く、どうやら照れただけのようだと湊は確信する。

『続いてはぁ、エンタメチェックのコーナーです! 最初の話題はもちろんこの人!』

「あ、俺じゃん」

リポーターと共にテレビに映った自分の姿を見て、湊が何気なく言う。顔を上げた遥はテレビの湊と背後の湊を見比べ、何とも言えない気持ちを抱えていた。有名人の家に転がり込んで、しかも手作りの食事をご馳走になっている現実を改めて考えてみると、心境は複雑だ。

『さて、ミナトさん。ご自身の写真集を発売されるとか…』

『ええ、そうなんです』

「げほっ」

写真集と聞いて思わず噎せてしまった。牛乳を口に含んでいなくて本当によかったと思う。

「大丈夫か?」

背中をぽんぽんと撫でてくれた湊をよそに、テレビの中のミナトが上機嫌で喋り出す。

『今回は海外でも撮影をさせて頂いて、その時に見た、透き通った海に感動したんですよ。そしたらアドリブというか、急遽、海で遊ぶ写真も撮ることになりまして』

『それは楽しみですね〜。これ一冊できっと、ミナトさんとデートしてる気分になりますよね』

リポーターの女性は少し年上だが、柄にもなくはしゃいでいるように見えた。

『ミナトさんの写真集、「君に捧ぐver.2」は全国の書店、コンビニで来月発売になります。ミナトさん、ありがとうございました〜』

リポーターの挨拶を聞いた遥は、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「ver.2……?」

「そうだよ。だって二冊目だし」

湊は当然のように言ってのけたが、仰天した遥は箸をテーブルに落としてしまった。

「二冊目…!?」

「うん。去年、一冊目出したから」

何部売れたかは忘れたけどね、と湊がにっこり笑う。

「確か、その時の給料で車買ったんだったかな」

「……」

だめだ。あまりにも次元が違いすぎる。もちろん車と言っても価格に差があるので一概にどうとは言えない。しかし以前乗せてもらったものは、目に見えて高級車とは感じなくても、そこそこいい車だろうとの見当はついていた。恐るべし、アイドル。

「写真集、できたら遥にも送るね」

「はっ?」

ニュース番組はもう占いのコーナーに入っていた。遥は慌ててホットサンドをかじる。

「だって、遥にも俺の仕事見てほしいし。…いらなかったら、誰かにあげてもいいからさ」

「いらないとは言ってない」

昨日、学食で出会った女の子たちは欲しくてたまらないものだろう。けれど、湊から直接もらったものを渡そうとは思わない。たとえ写真集でも、湊がせっかくくれたものなら自分で保管しておきたい。
むっとした遥に嬉しそうに頷いて、湊はそっと付け足した。

「ま、遥といる時ほどいい顔はできなかったけどね」

「……ふん」

それでいい。
こんなにも優しい自然体の湊は、誰の目にも映らないほうがいいに決まっている。
ヨーグルトに手をつけた遥をぎゅっと抱き、湊は頬摺りを再開させた。


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