:: -独 占 欲-
2014.09.16 (Tue) 04:01

「お帰り。図書館にでも寄ってた?」

いつもより幾分か遅い帰宅を、湊はちらりと時計を見やって尋ねる。調理中の鍋からは煮物のいい匂いが漂ってきた。

「ん」

短く返事をして、遥は荷物を下ろす。授業の課題をこなすために図書館へ行ったのだが、思いのほか時間を取られてしまった。湊からのメールに気づいたのは、図書館を出てからだったのだ。

「返事来ないから心配したよ。相変わらず数学に夢中だったんだろ?」

湊は苦笑しながら食事の準備を進めている。ちらっと湊の顔色を窺い、遥はなんでもないような表情で話し始めた。

「…今日、友達に誘われて…」

「えっ? 友達?」

遥は何気なく言ったつもりだったが、友達という単語に湊は目を瞬かせる。しばらくして、あぁ、と納得したように頷いた。

「なんだっけ、榛っていう奴? 遥と同じ学科の」

「ん……」

湊の声のトーンが若干下がったのを感じ取り、遥は動揺を滲ませる。最初からわかっていたのだ。彼の話で、湊がいい顔をするわけがないと。

(それでも…いい)

湊に愛されていることは十分自覚している。けれど、たまには余裕のないところだって見せてほしい。いつもは湊のことで自分ばかり嫉妬したり慌てたり怒ったり、情けないところを露呈しているのだ。湊だって、自分が他人に取られてしまうのでは、と少しは心配してくれてもいいのに。そんなところも、時には見せてほしいのに。

「それで? 何を誘われたって?」

鍋を開け、煮物の具合を見て湊が問いかけてくる。緊張で高鳴る心臓の音を全身で聞きながら、遥は口を開いた。

「今度…泊まりに、来い…って」

菜箸を持った手がぴたりと動きを止める。ふつふつと大根や厚揚げの煮込まれる音だけが静寂に降りた後、湊はゆっくりと息を吐き出した。

「ふーん……」

やや不機嫌そうな顔をしつつも、放たれた言葉はそれだけだった。湊を怒らせたことに変わりはないのに、何故か無性に悲しくなってくる。湊にとって、友達宅に泊まるというのはごく当たり前のことなのだ。そしてその際、もしかしたら自分が彼と、という心配さえする必要のないもので。

「っ…着替えて、くる」

ちょっとくらい嫉妬してくれるかもしれない、なんて考えた自分が馬鹿みたいだ。湊はそんな、駄々をこねるような子供ではない。それもわかってはいたけれど──恋人が他人の家に泊まっても、なんとも思わないのだろうか。理解があるとはいえ、そんなのは悲しすぎる。

(期待なんか、するからだ……)

自分と同じものを、湊に求めたって仕方がない。どちらかといえば、きっと湊の反応が普通なのだ。嫉妬がかわいいと言われるのも、どうせ今のうちだけ。好かれればそこも好かれ、嫌われれば、そこが嫌いなところになるだけだ。

涙ぐんだ瞳を見られたくなくて、くるりとキッチンに背を向ける。自室へ戻ろうと足を踏み出した瞬間。二本の腕が、後ろからぎゅっと絡みついてきた。

「行くな」

いつもの穏やかな口調ではない。明らかな命令を強いた低い声に、遥は目を見開く。どす黒い何かが、背後には確かに存在していた。

「他の男の家に泊まるなんて…絶対許さない」

噛みつくような声音は鼓膜を震わせ、その振動が徐々に全身へと広がる。ぞくぞくと背筋を痺れさせたその声に、淡い快楽さえ覚えてしまうほどだ。

「お願い…」

きつく拘束する両腕に、きゅっと力を込められる。遥の耳元で発した言葉自体は弱々しいものだが、どこか鋭さを感じさせた。

(頼む気なんか、ないくせに…)

遥にはわかる。これは恋人に対する懇願ではなく、独占だ。湊の中に、自分と同じく飼われている荒々しい感情。湊は温厚だから、めったに表には出さないが。

「行くわけ、ないだろ…」

そう呟いてやると、湊はほっとしたように髪へ頬摺りしてくる。先程の真っ黒なオーラも、すっかり消え失せていた。

(こんなのが嬉しいなんて、どうかしてる…)

皆に慕われる、優しいだけの"湊"を壊してまで、自分を独占したいと思ってくれる本当の湊。それを独占したいと思う自分は、どれほど欲が深いのだろう。

(もっと、執着すればいい)

溺愛という鎖で自分をがんじがらめにして、一生手放せなくなればいい。そうすればいつまでも、湊のものでいられるのだから。


***
しかし本当は湊はめちゃくちゃ独占欲強いけど遥に引かれたくないから隠してるっていうのを遥はまだ知らない(´・ω・)


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