:: アイドル湊×大学生遥B 2014.08.29 (Fri) 01:03 「なんだ、お腹減ってたなら先に食事に誘ったのに。はい」 くすくすと笑いながら、何かの冊子を手渡される。気恥ずかしさ故に、それをもぎ取るようにして冊子を開く。そこにはいくつものおいしそうな料理の写真と番号が載っていた。 「……なんだこれ」 「ルームサービス。好きなの頼んでいいよ」 なんでもないように言ってのけ、彼はいそいそと遥のコートをハンガーにかけている。とんでもないとばかりに遥は冊子を閉じた。 「こ、こんなの……。! まさか、ここまで来て俺に払わせる気…」 「もー、そんなわけないだろ。君には一銭も払わせる気はないし、見返りも結構。心配いらないから、早くお腹満たしなよ」 意外と疑り深いねと苦笑いを浮かべて、彼はぽんぽんと遥の頭を撫でる。子供のような扱われ方にむっとしつつ、告げられた言葉には安心していた。こんなホテルの宿泊費と食事代なんて、新幹線の料金がちっぽけに見えるくらいの金だろう。 メニューを眺めながら迷っていると、不意に彼の視線が気になってそちらを向いた。 「……なんだ」 「そういえば、プロフィールを全然聞いてなかったなぁと思って」 悪戯っぽく笑われて、ふん、と遥はまたメニュー表に目を落とす。 「聞く前に、自分のほうから話したらどうだ」 「あ、そっか。俺のこと知らないんだったな」 これ見よがしに大きく頷いてやると、彼はベッドに腰掛けて話し始めた。 「俺はミナト。本名は小宮湊で、アイドルのはずなんだけどお芝居も歌もCMもやってるよ。高校生の時にモデルをしてて、そこからデビューしたんだ。年は22、身長176。兄弟は年の離れた弟がひとり。…こんな感じでいい?」 結構とばかりに遥は首を振り、エビグラタンの写真を指差す。湊は微笑み、サイドボードにある備え付けの電話から注文を通した。 「はい、お願いします。……で? 君は?」 受話器を置いた湊は早速尋ねてくる。何を言ったものかと迷う遥に、じゃあ聞くけど、と湊が口を開いた。 「名前は?」 「……桜井…」 「下の名前」 「…遥」 あまり言いたくないことなので、ぼそぼそと小さな声で話す。へぇ、と湊は遥の予想通りの反応を返してきた。 「かわいい名前だな。…見た目通り」 「はぁ?」 付け足された言葉に耳を疑ったが、ほらほらとまた次の質問を投げかけられた。 「学生?」 首肯。 「大学生だよな? それに駅で立ち往生してたってことは、この辺に住んでるわけじゃなさそうだな。どこの大学?」 「……S大」 湊は目を大きく見開き、凄いな、と再度遥の頭を撫でた。 「俺の実家、その大学がある市の隣の市なんだ。だから結構情報は届いてたけど、あんな難関大学に入れるって相当頭いいんだな」 「べ、別に…」 人に褒められた経験がほとんどないせいか、こういう手放しの賞賛には弱い。照れた様子の遥に、湊はくすっと笑った。 「何年生? 学科は?」 「…二年。理学部の、数学科」 「ってことは今年で20か? へぇ、数学科ねー……俺は全然できなかったな。赤点しか記憶がない」 はは、と苦笑した湊を見て、ふうんと頷きつつ遥は少し驚いた。外見やこれまでの言動から察するに、恵まれた才ばかりを持った男かと思っていたが、苦手なものがあると聞くとやはり普通の人間なのかと思う。もちろん、そのほうが一般人である自分は安心するが。 「ん、来たみたいだな」 ドアからノックの音が聞こえ、湊はベッドから腰を上げる。少しして、ほかほかのグラタンが載ったトレイを運んできた。 「はい。熱そうだから気をつけてな」 ベッド横の小さな机に置かれたグラタンを、よほどお腹が減っていたのか、遥ははふはふと急ぎ足で食べ始める。それをじっくり眺め、湊はふっと頬を緩ませた。 かわいらしい見た目に似合いの名前、そして意外にも無愛想で疑り深い反抗的な性格。しかし照れたり恥ずかしがったりといろいろな表情も見せてくれる。頭はかなり良いらしいが、自分の悪戯にころりと騙されてくれるかわいさもあった。 「いいね。俺のものにしたくなるよ」 「? 何か言ったか」 ふうふうと大きなエビを吐息で冷まし、遥は訝しげに尋ねてくる。ううん、と湊は笑ってかぶりを振った。 「飲み物は、そっちの冷蔵庫の中から好きなの選んで。あ、一応有料だけど気にしなくていいから」 有料、と聞くなりびくっと震えてしまうのは庶民なら仕方のないことだろう。無難にオレンジジュースを取ってコップに注いだが、ルームサービスもジュースもまったく値段が書かれていないので、いったいいくら使わせたのかとびくびくしてしまう。そんな遥の心境を見抜いたように、湊は口元に笑みを浮かべた。 「怖がらなくても大丈夫だって。遥のお金は新幹線でしか使わせないし」 「っ、勝手に名前呼ぶな」 たとえこっちが年下でも、そんな軽々しく呼び合うような仲になった覚えはない。むっと唇を尖らせた遥に、湊は怯んだ様子もなく頭を撫でてくる。その手を思い切り振り払うと、少し機嫌を損ねたように目を細められ、遥は思わず後ずさった。 「あれ? 怖いの?」 しかしさすが芸能人、今のはただの演技だったらしく、くすくすと笑われて遥は再び睨みを強くする。 「お前……っ」 「そんなこと年上に言っていいんだ? 俺が短気だったら、今すぐここからほっぽり出されて雨の中で一夜を過ごす羽目になったかもな?」 うぐ、と遥は言葉に詰まる。さっきまではそれでも仕方ないと思っていたが、こうして温かい食事やベッドを与えられた今は、簡単に手放すのが惜しくもなる。なら、いけ好かないと思ってもこの芸能人の機嫌は取っておかなければ。 それとも?と湊は屈み、遥の耳元で尋ねてきた。 「体で払ってくれる? 俺はむしろ、現金よりはそっちが欲しいんだけど」 「は……?」 放たれた言葉の意味がわからず、遥はぽかんと口を開ける。だが徐々にじわじわと怒りで頬が照り、立ち上がって湊に憤慨した。 「ふざけるなっ、変態!」 「はいはい、冗談だって。無理やりするのは好きじゃないんだ」 まだ怒りのオーラを発し続ける遥に背を向け、湊は玄関まで歩いていく。遥は慌てて後を追いかけた。 「ん? あぁ、食べ終わったら廊下のワゴンに食器乗せておいて。それと、オートロックだから部屋出る時は必ずカードキー持って歩くように」 それだけ言うと、すんなりとドアを開けて外に出ようとする。待て、と言うように遥はその服を掴んだ。途端に嬉しそうに振り返る、変態の烙印を押された芸能人。 「なに? あっ、やっぱり一緒に寝てほしくなった?」 「違う! っ…どこに、行く気だ」 もし湊がこのままとんずらしてしまったら、結局代金は自分持ちではないか。だから引き止めたのだとはっきり言えば、なぁんだ、とちょっと残念そうに苦笑された。 「俺の部屋は隣だよ。逃げたりしないから、心配しなくていい。ゆっくり休んでな」 「!」 ぎゅっと抱きしめられ、その温かさに不思議と胸が高鳴る。けれど考える間もなくすぐに体を離し、湊は部屋を出ていった。 「あんな……変態…」 触れられた場所をごしごしと擦って痕跡を消し、ベッドルームへ闊歩して、食べかけのグラタンを貪る。冷めても尚、いっそ癪なくらいに、今まで食べたどのグラタンより美味だった。 ↑main ×
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