:: アイドル湊×大学生遥A 2014.08.25 (Mon) 00:23 『俺と付き合ってほしい』 そう電話で言われたのは、湊曰わく運命的な出会いをしてから二か月が経ったある日のことだった。どこに?と思わず聞き返した遥に、湊ははっきりと告げたのだ。 『俺の、恋人になってほしいんだ』 ──そもそも、二人の出会いというのがこれまた偶然に偶然を重ねたような出来事だった。 大学生の遥が資格試験を受けるために東京を訪れていた際、不運にも天候の悪化で新幹線が運休し、帰るに帰れない状態となってしまった。土地勘がなく、しかも酷い嵐に見舞われたので駅から離れることもできず、しょんぼりと構内の隅っこで落ち込んでいた時だった。 「あれぇ、そんなとこでどうしたのかなぁ?」 下品な声に顔を上げれば、いかにもな服装の不良たち三人がこちらを覗き込んでいた。遥は思わず後ずさる。 「おっと、逃げんなよ。かわいい顔してんじゃねーか、ちょっくら遊ぼうぜ」 「っ、離せ!」 ぐいっと手首を掴まれ、遥は無我夢中で腕を振り解こうともがく。しかし力でかなうわけもなく男たちに引きずられ、恐怖でうっすらと涙を浮かべた、その時。 「嫌がってるだろ。さっさとその子を離せよ」 低く唸るような声にびくりと体を竦ませ、不良たちは慌てて背後を振り返る。揺らぐ視界の中に、遥は一人の男を見つけた。 「なんだてめぇ! なめた口ききやがってぶっとばすぞ!」 いきり立った不良のひとりが殴りかかると、男はさっと避けて首の後ろへ手刀を叩き込む。不良は苦しげな呻きを上げて床にしゃがみこんでしまう。 「てめぇ!」 残りの二人も猛然と襲いかかるが、軽くかわして反撃を繰り出す。鋭い眼光で睨みつける不良たちの前で、男は帽子と眼鏡をゆっくりと外した。 「! こ、こいつ…!」 「やべぇ! 逃げろ!」 男の素顔はいやに整っていて、不良たちは目をみはるなりもつれた足をどうにか動かして逃げ出した。何故美形と対峙するのがそんなにも恐ろしいのかと遥は疑問に思ったが、それはすぐにわかることとなる。男はにっこりと笑いかけてきた。 「大丈夫?」 「…はい」 同じ男なのに、あんな不良さえあしらえない自分が情けなく思える。おざなりにも礼を告げた遥に、もしかして、と男は目を見開いた。 「君、俺のこと知らない?」 「は?」 唐突な問いかけに、思わず不躾な言葉で聞き返してしまう。今ここで偶然出会ったにも関わらず、どうして自分がこの男を知らなければならないのか。男は小さく笑って、天井から吊り下げてある薄型テレビを指差す。情報番組のエンタメコーナーで、リポーターが男性へマイクを向けていた。 『来週発売される2ndシングルCDですが、どのような曲なのでしょう?』 『これは愛する女性に向けたバラードで、遠距離恋愛を綴った切ない歌詞が特徴的なんですよ』 『なるほど。確かこの曲はご自身が出演されたドラマの主題歌になっていますよね? それについては…』 遥はぽかんとテレビを見上げていたが、恐る恐る視線を目の前の男に戻す。それはインタビューを受けていた、テレビの中の男性そのものだったのだ。 「げっ…芸能じ…」 「しーっ」 慌てて男は唇に人差し指をあて、帽子と眼鏡を直す。これは一種の変装なのだろう。 ともあれ、これなら不良が逃げ出した理由も彼の言動も納得がいく。芸能人に喧嘩を売るほど馬鹿ではなかったし、テレビをちっとも見ない自分が彼を知らなかっただけなのだ。 「それはそうと、君はどうしてこんな所に? 時間も時間だし、さっきみたいなのがうろうろしてるから人の少ない場所は危ないぞ」 「別に……好きでいるわけじゃない。新幹線が…」 と言いかけ、遥ははっとして口をつぐむ。助けてくれたことには感謝するが、事情を話す義理はないのだ。しかし彼は何となく察しがついたらしく、どこかに泊まればいいんじゃない?と提案してきた。 「そんな金……」 カードや通帳は家に置いてきてしまったし、新幹線代を使うわけにはいかない。コンビニで夜を明かそうと思ったのだが、歩き疲れたのでここで少し休んでいたところ、運悪く絡まれてしまった。 「なら、俺が泊まってるとこにおいで。まだ部屋空いてたはずだから予約してみる」 「はっ? ちょっ…」 スマホをいじり始めた彼に、遥は目を丸くして叫ぶ。 「な、なんでそんな…っ」 「よし、予約っと。え、だって明日の朝まで新幹線動かないだろ? だったらホテル取ったほうがいいじゃん」 「そういう問題じゃない!」 もちろん、彼が前々からの知り合いなら甘んじて好意を受けるべきだろう。けれどついさっき出会った、しかも有名芸能人に、これ以上関わるわけにはいかない。 「…ま、無理にとは言わないけどさ。言い方次第では、俺もさっきの奴らと変わらないし」 スマホをポケットにしまい、彼は苦笑を浮かべる。 「また危ない目に遭うのと、知らない芸能人を頼るのとじゃ似たようリスクだろ? それに、俺が信用できないなら何かあった時はそれをマスコミに言いふらせばいいよ。きっと馬鹿みたいに金が入ってくる。…ね、それでも君はここに残る?」 ぐっ、と遥は言葉に詰まる。確かに有名な以上は流布される噂も相当の価値がつくだろう。それは本人が一番よくわかっているはず。それでも見ず知らずの自分を拾おうというのだから、リスクという面では彼のほうがよほど重い気がする。 「……ついて行ってやる」 「気が変わってくれて何よりだ」 遥の仏頂面に対してにこっと笑いかけ、彼は帽子を目深に被り直して歩き始めた。 駅前からタクシーに乗り、しばらくして着いたのはシティホテルだった。大雨を遮るように、彼は自分が濡れるのも構わずに遥へ傘を差し出す。 「ほら、入って。濡れちゃう」 そんなふうにエスコートされると、まるで自分のほうが芸能人みたいではないか。少々居心地の悪さを感じながら、ホテルのロビーへ足を踏み入れる。 「そこで待ってて」 促されるまま、ロビーのソファに腰掛ける。彼はチェックインのため受付に向かった。 (場違いすぎるだろ…) 周りを見渡すとスーツやパーティードレスに身を包んだ紳士淑女が談笑しており、ピアニストが噴水の前で落ち着いた音楽を奏でている。どう考えても、五千円のコートを着た自分が来ていい場所ではない。縮こまって待っていると、彼がカードを手にこちらへ歩いてきた。 「お待たせ。行こうか」 手を引かれるままそばのエレベーターに乗り込み、上階へ向かう。きらびやかな夜景がちらちらと見え、どうして自分はこんなところにいるのだろうと妙に冷静になった。 「こっちだよ」 着いたフロアは、部屋数はあるのにいくら進んでも人と出会わない。彼もすっかり変装を解いてしまったし、もしや芸能人専用の階なのかと思わざるを得ない。 カードをドアの機械に通し、開かれたドアから部屋の中に進む。ワンルームとはいえ、狭さは全く感じない。ベッドも広く、遥が三人は寝られそうだ。 「疲れただろ? サニタリールームはそこ、着替えはここに入ってる。それから…」 彼が続きを言いかけたその時、きゅるるる、と切ない音が聞こえた。もちろん、自分の腹からだ。 遥はぱっとそっぽを向き、恥ずかしそうに腹を撫でる。試験のおかげで、昼もろくに食べていない状況だった。 ↑main ×
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