:: アイドル湊×大学生遥@ 2014.08.24 (Sun) 19:44 ・アイドルってかキラキラ芸能人やってますな湊と一般人の遥の話 ・湊のほうが若干年上 そこそこ難関と言われる大学の、敷地内にあるコンビニ付近でのこと。時刻は昼前、二人の女の子がきらきらと目を輝かせていた。 「ねぇ見たっ? ananの表紙!」 「見た見た! てか買ったよ、ミナトだもん!」 「しかもインタビュー記事まであるみたいだし! はぁぁ、これからテストだけど仕方ないよねっ」 「当たり前じゃんっ、今買わなきゃ絶対に売り切れるって!」 すれ違いざま、はしゃぐ女の子たちの声が耳に届く。小さくため息をつき、遥は足を早めて食堂へ向かった。 (表紙目当てで本を買うのか……) 本の価値は中身にあると考えている遥にしてみれば、理解できない発想だ。けれど雑誌業界では表紙次第で売上が大きく変わることもあるのだから、実際は理にかなったことなのだが。 テスト最終日とあって、昼時でも食堂は空いていた。早々と試験を終えた学生たちが大学に残る理由はない。帰省か、もしくは遊びか引きこもりか、何にせよ休暇を謳歌しているに違いない。遥もあとは午後の線形代数の試験を残すのみで、それが終われば晴れて夏休みとなる。 「おお、桜井じゃないか。一緒に食べないかい?」 冷やし中華を乗せたトレイを持ったまま、遥は手近な席へ向かう。と、通り道のすぐ横に座っていた友人の翼が手を振ってきた。こくりと頷き、向かいの席に荷物を置いて腰かける。 「テスト…終わったのか」 「ああ、二限の有機化学Uが最後だったからな。しかしどうしても、この冷やしとん茶が食べたくてだな…」 ぐっ、と拳を握った翼の前には、食べかけの丼が置かれている。冷やし茶漬けにとんかつを乗せた、謎の期間限定メニューだ。翼は富豪にも関わらず学生食堂が好きで、うちのシェフが作るより旨い、という酷い味音痴なのである。 「君はまだ残っているのだったな。まぁ心配ないだろうが、頑張ってくれ」 と、その時。近くに座っていた女の子の集団が、きゃー、と黄色い声を上げる。振り向くと、食堂に設置されているテレビに炭酸飲料のCMが流れていた。炭酸、爽やか、青春、のイメージ通り、高校生の女の子が精一杯の告白と共にそのジュースを差し出している。対する先輩らしき男子はそれを受け取ると、一口飲んだジュースを女の子に笑顔で渡す。やがて女の子も泣きそうな顔で笑うのだ。 「いーなぁ、あの子になりたいよー」 「菱川真由子でしょ? かわいーよね、今度秋ドラマに出るんだって」 「ミナトと並んでもお似合いなんてずるいよぉ」 「もうさー、あの笑顔が間近で見られるってだけで羨ましい」 そんな会話を聞いていた二人は顔を見合わせ、ふう、とため息をついた。 「まったく、芸能人にうつつを抜かすとは哀れなものだ。だいたい、私のほうがよほど美しいではないか」 本音は後半なのだろう、翼は懐からさっと鏡を取り出して身だしなみを気にし始める。 「芸能人……か」 箸を置いた遥は携帯を引っ張り出し、昨夜届いたメールを開く。 『明日、大学が終わったら来てほしい』 (都合のいい時だけだ。こんなの…) パタンと携帯を閉じ、代わりに試験科目の教科書を取り出す。女の子たちはまだ、人気アイドルの話を続けていた。 「はぁ……」 夕方。試験を終え、いったんアパートに戻って準備を整えた遥は、最寄りの駅へと向かった。そこから電車で三つ先の大きな駅に行き、新幹線へ乗り換える。こうした面倒な乗り換えは苦手だったが、月に一度は乗っているのでもう慣れてしまった。終着までしばらく揺られて降りた先は、日本の中枢とも言える場所。そう、東京駅だ。 (混んでるな……) 金曜日の夜ともなれば、街が混み合うのも仕方ない。うんざりした表情で、タクシー乗り場へ向かう。本当なら山手線とやらに乗って少し歩けば着くのだが、どうせ交通費を払わなくて済むのなら高額でも早いほうを選びたい。それにもう、人の山は見たくない。 運転手に行き先を告げると、遥はシートにもたれかかり、きらびやかな街をぼうっと眺めた。 「ここでいいです」 ちょうどコンビニの駐車場で車を止めてもらい、料金を払って外へ出る。別に本当に金を払わないわけではなく、一応は出しているのだが、この交通費は事前に通帳へ振り込んであるものなので遥の金ではなかった。 (そこまでして、来てほしいのか…) コンビニの角を曲がり、辺りを警戒しつつとあるマンションへ入る。この辺りは都内でもかなり地価が高く、同じワンルームでも遥の部屋の倍の家賃がかかるらしい。これから向かう部屋は2LDKらしいが、恐ろしいので家賃を聞いたことはなかった。 「着いた…」 エレベーターを下り、一番端の部屋まで進む。呼び鈴を鳴らすと、音が鳴り止む前にドアが勢いよく開いた。 「嬉しい。ほんとに来てくれたんだ…」 Vネックのシャツにシンプルなパンツという部屋着で現れたのは、今をときめく男性アイドル、ミナトこと小宮湊だった。ほころんだ表情を隠そうともせず、遥をうっとりと見つめている。 「仕方ないから…来てやった」 「うんうん。ほら、上がって」 遥の憎まれ口にも慣れた様子で対応し、玄関へ手招きする。靴を脱いで上がれば、リビングのほうからいい匂いが漂ってきた。 「ご飯、まだだよな? 遥の好きなもの作ったから、いっぱい食べて」 廊下を進み、リビングに荷物を置いてからダイニングへ足を運ぶ。テーブルにはいくつも料理が並べられ、どれだけ手間をかけて作られたのかは家事に疎い遥でも想像できた。 「疲れて…ないのか」 「ん? あぁ、いいんだ、明日はオフだし。それに遥、レストランとか行くのは好きじゃないだろ?」 以前、食事に連れて行かれた先は敷居を跨ぐことさえ気後れしてしまうようなフレンチレストランで、しかもドレスコードがあるからと似合いもしないスーツを着せられて臨んだ場所だった。確かにおいしかったのだが、正直に言えば料理の味なんて庶民舌の自分にはわかりっこないし、湊が作ってくれた唐揚げのほうがよほどおいしいと思えた。 帰りの車の中でつい素直にそう言ってしまって慌てた遥に、湊は苦笑して"確かに素材は良かったけどさ、俺もよくわからなかったよ。今度からは家で食べよっか"と優しく言ってくれたのだ。 「大丈夫、俺がやるから。遥は座ってて」 食器くらいは運ぼうかとキッチンに歩み寄ると、湊に背を押されてダイニングまで戻されてしまう。移動中はずっと座りっぱなしだったとはいえ試験や人混みのおかげで疲れているし、そこは甘えておくかと遥も素直に席に着いた。 (楽しそうだな…) 鼻歌を歌いながらフライパンを揺すっている姿は、CMで見た笑顔よりよほどいい表情をしていた。こういうところを見ると、やっぱりテレビで目にするミナトは別人なのだなと思う。 (あいつらが考えているより、ずっと変人だ…) スポットライトを浴びて第一線で活躍しているのは、遥に言わせれば紛い物の"ミナト"だ。遥が知るのは、初対面の印象からちっとも変わらない、そこそこ変態で趣味の悪い男。そんな男と恋人になってしまったあたり、自分も相当いかれていると思わないこともない。 ↑main ×
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