:: お兄ちゃんと夏休みA 2014.08.23 (Sat) 07:02 「あ、その花火きれいだな。こっちのやつ?」 「ん」 「遥、お父さんの花火にも火つけさせてくれ」 「おばあちゃんからもらったスイカ、切ったから食べてね」 庭先にろうそくとバケツを用意し、スイカを食べながら家族みんなで花火に興じる。何てことのない夏の風物詩だが、久しぶりとあってなかなか楽しい。 細いシャワーのように火花が降り注ぐ遥の花火へ、父が別の花火を近づける。火を分けたそれはぱっと光り、パチパチと音を立てて弾けた。 「んー、スイカうまいな」 「おばあちゃん、実がぎっしり詰まったのを送ってくれたのね。湊も遥も好きだから」 母は木の椅子に腰かけ、年甲斐もなく花火にはしゃぐ父を眺めて笑っている。しゃくしゃくと赤い実をかじり、湊は片手にスイカ、片手に花火とすっかり夏を満喫していた。 「俺も食べる」 火薬の切れた花火をぽいとバケツに捨て、遥もスイカを一切れ手に取る。先の一番甘い部分をかじると、珍しく頬を緩ませた。 「遥は昔、スイカの赤いとこいっぱい残してたよな。皮に近いほうは甘くないからってさ」 「む…昔の話だろ」 今は違うと言わんばかりに赤い部分をきれいに食べ、遥はまた花火を持ってろうそくに向かう。母と湊は顔を見合わせて笑った。 「あ、遥。この花火やってみて?」 両親が晩酌のためリビングに戻った頃、残り少ない花火のひとつを、湊は遥に手渡した。 「変わった花火だ」 持ち手は厚紙で、花火の筒を挟むように二枚が貼り付けられている。しげしげとその花火を眺め、遥はおもむろに火を近づけた。 「青だな」 閃光と共に弾けた火花の色を見て、湊は花火セットに付属されていた紙を引っ張り出す。 「その花火、占いができるんだ」 「占い?」 「花火の色で、運勢を占うんだよ。赤なら恋愛運、黄色なら金運が良いってこと」 今はそんな変わり種まであるのかと感心しつつ、遥は手元を軽く振る。 「青はなんだ」 「勉強運。よかったな、今年受験だし」 説明書から顔を上げ、湊はにこりと笑う。ちなみに緑は健康運なんだ、と言いかけたが、その前に遥が小さな声を発した。 「……赤がよかった」 「───…」 恥じらいを灯した声音に目をみはり、湊はくせのついた髪をそっと撫でる。 「…そんなに、不安?」 しゅっ、と最後の灯火を上げて消えた花火を放り、遥はゆっくりと首を横に振った。 「別に…そんなんじゃない。そんなんじゃ…」 言葉とは裏腹に、遥の手が服の裾をぎゅっと掴む。花火を見た後、人はその一瞬の命の儚さに言いようもない寂しさを覚える、とどこかで聞いたことがある。だから、誰かに寄り添いたくなるのだと。 「大丈夫」 周りを一応確認してから、腕の中に遥を抱く。すりすりと頬を寄せ、遥は背中にしっかりと腕をまわしてきた。 「俺は昔から、遥のことがずっと好きだったんだ。これからも、それは変わらないよ」 ね?と微笑むと、泣きそうだった顔が徐々に安堵の色を帯びていく。遥はこくんと素直に頷き、湊の手をしっかり握った。 「す、き…」 風に攫われそうな微かな響きの後、月に照らされた二つの影がそっと重なった。 「で、こうなるわけね…」 残りの花火を終え、道具を片づけてから部屋に戻ると、遥はすぐに梯子を上ってベッドの上段へ向かい、ひらひらと湊を手招きしてみせた。 一緒に眠ることを夏休みの間だけという約束で許したところ、ハグやキスなどの軽めのスキンシップを、寝る前にベッドでするのが恒例となってしまった。もちろん湊だって遥に触れられるのは嬉しいが、邪な気持ちがむくむくと頭をもたげてきそうで怖い。ただでさえ、遥は小悪魔な甘えっ子なのだから。 「はいはい、今行くから」 確認した携帯をポケットに入れ、湊も梯子に手をかける。上りきるや否や、遥の細い腕がきゅっと絡んできた。 「ちょ、待てって」 制止の声も何のその、懐いたペットのようにすり寄ってくる。やれやれと湊も苦笑を浮かべ、いい香りの髪をぐしゃっと撫でてやった。 「む…。もっと……」 髪以外の場所も撫でろとばかりに、掴んだ湊の手を無理やり頬や太腿に導く。湊が慌てて手を引っ込めようとすれば、遥はしゅんと顔を下向けた。 「……さわりたく、ないのか」 「う……」 触りたくないわけがない。けれど露骨に触りたいと言うのもどうかと思う。 「もう、飽きた…?」 ハーフパンツの裾をするすると上げ、白くて柔らかそうな脚を見せながら遥は尚も尋ねる。せり上がる気持ちを懸命に落ち着かせ、湊はゆっくりと首を振った。 「…触りたい」 (間違った……っ!) もう少し間接的な表現にするつもりだったのに、つい欲望が口からこぼれ落ちてしまった。思わず湊は頭を抱える。 「ん…。さわって、いい…ぞ」 遥は仄かに頬を赤らめ、ぽんぽんとそこを軽く叩いた。 (幸せだけど……生殺し、か…) 恋人にここまで誘惑されて、なびかない男がいるだろうか。本当なら押し倒して太腿どころか体中の隅々まで触りたいが、さすがにそれがまずいことはわかっている。今は、遥自らが触れられるのを許していることで満足しよう。 「くすぐったい……?」 つるりとした内腿に手を滑らせれば、遥が目を逸らしてこくんと頷く。それがどうしようもなくきゅんと胸をときめかせ、衝動のあまりぎゅっと遥を抱きしめた。 「かわいい。遥、好き。大好き」 「ばっ……馬鹿…」 照れたように耳まで赤く染め、遥はぱしりと湊の頭を軽く叩く。言葉とは裏腹に、なんとも表情は嬉しそうだった。 (今はまだ、これで十分幸せだもんな…) 自分のものにしてしまいたい気持ちがおさまったわけではないけれど、遥とこうしていられるだけでも悪くないと思う。たとえ子供じみた恋愛でも、遥と少しずつ歩んでいけるなら。 「今ね」 「ん…?」 「心の中でだけど、赤い花火が弾けた気がしたんだ」 そう言うと、遥は目をみはった後、はにかむようにそっと笑ってくれた。 *** この夏はきっと一緒に花火大会に行ってまた陰でちゅっちゅしてくるんだろうと思います(´・ω・) ↑main ×
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