:: お兄ちゃんと夏休み
2014.08.19 (Tue) 23:08

・懲りもせず兄弟パロ番外編


「ただいまー。っとと!」

子供部屋のドアを開けるなり、待ち構えていたように遥が突進してきた。ぎゅっと抱きつかれ、やれやれと湊は頭を撫でてやる。

「よしよし。でもあんまり近づかないほうがいいぞ、バイトしてきて汗くさいから」

日が落ち、夕刻の涼しさの中を歩いてきたが、一日中着ていたシャツが汗を吸っていないわけがない。対照的に、もう風呂に入ったらしい遥からはシャンプーの甘い香りが漂ってくるのだから、余計にいたたまれなかった。それでも遥はしっかりとしがみつき、肩あたりにすりすりと頬摺りしてくる。

「宿題やってたのか?」

遥越しに見た机のライトスタンドがついており、無造作に置かれた教科書やノート類を照らしている。こくこくと振られた頭をもう一度、湊は褒めるように撫でてやった。

「遥はえらいな。俺、いつも最終日に溜め込んで徹夜してたし…」

早く宿題を済ませてから遊ぶのが正しいのだろうが、湊はあいにく、夏休みに入った瞬間からとにかく遊ぶことしか頭にない少年だった。友達宅に入り浸ったり、ゲームをしたり、プールに行ったり。そして最終日になると部屋に籠もり、死ぬ気で宿題に取りかかる。そのせいで、始業式の最中に直立のまま爆睡したことも何度かあった。
対照的に、遥はもともと成績がよく、こつこつと少しずつ勉強するのが性に合っているため、湊のような悲劇はまず起こらない。今年は高校受験を控えているが、模試での判定も申し分なく、親や担任からの心配もほとんどないらしい。もちろん湊もそこは安心している。

「宿題……手伝って、ほしい…」

唐突に遥から上目遣いで甘えられ、思わずどきりとしてしまう。最近は本当に甘え上手になり、湊も程よく振り回されていた。

「あ、あぁ……あれね」

平静を装っていったん遥から離れ、湊は本棚の前へ向かう。成績優秀でしかも自由研究は毎年何かしらの賞をもらうような遥が、唯一兄に頼む宿題。湊も簡単に察しがついた。

「ほら、これ。登場人物が個性的で、内容も感動できそうなやつだから、書くことも多いと思うぞ」

棚から取った文庫本を遥に差し出せば、なんとも言えない表情で受け取られた。兄が勧めてくれたのは嬉しいが、できたら本なんて読みたくない。そんな気持ちが手に取るように伝わってきた。

「大丈夫だって。感想文、俺も一緒に考えるから」

ぽん、と頭に手をやってそう言えば、遥もようやく首を縦に振って本をしまい込む。そう、文章構成を得意とする湊が唯一手伝える宿題とは、本嫌いな生徒たちを長年苦しめてやまない、地獄の読書感想文であった。

「……明後日までには、読んでおく」

「うん、頑張ろうな。…そうだ、これ」

バイト先のレジ袋を渡すと、遥はがさがさと中をあさる。

「疲れた時には甘いものって言うけど、遥はあんまり好きじゃないから。ゼリー買ってきたよ」

遥の好きな桃と、ナタデココが入った涼しげなスイーツだ。夏バテ気味でも、これくらいなら食べられるだろう。
礼の代わりか、遥はハーフパンツの裾をめくり、ちらっと眩しい太腿を見せてくれる。湊としては嬉しくても、兄としてはかなり複雑である。

「じゃ、じゃあ俺、風呂入ってくるから…」

また下手な"お礼"をされないうちにと、手早く着替えを回収した湊は笑顔を浮かべ、そそくさと部屋を後にした。



「あ、お帰り父さん」

風呂から上がり、タオルを被ってがしがしと濡れた髪を拭いながら、開いたリビングのドアのほうへ湊は声をかける。盆休み前とあって、最近は仕事が忙しいようだ。

「ただいま、湊。ほら、買ってきたぞ」

父が上機嫌で差し出したのは、スーパーの袋に入った大きめの何か。首を捻って中身を覗いた湊は、目をみはって嬉しそうな顔をした。

「久しぶりだな。花火なんて」

色とりどりの細長い花火がいくつも入った、バラエティパックと書いてある花火セットだ。浴衣姿の子供たちのイラストが描かれており、子供の頃に遊んだ懐かしさが蘇ってくる。

「今日、花火の品出しをしていたら急に懐かしくなってな。後でやってみよう」

「あらあら、主役は子供なんだから湊たちにもやらせてあげてよ?」

父に食事の用意をしながら、母は笑ってたしなめている。わかってるよ、と父も微笑みつつ頷いた。

「花火かぁ…」

家族で花火をするなんて、いったい何年ぶりだろう。昔は夏になると必ずしていたのだが、遥が反抗期に入ってからは全く機会がなかった。

子供部屋へ戻ると、遥はおとなしくさっきの本を読んでいた。そばに、空っぽになったゼリーのカップが置いてある。

「なぁ、花火しないか?」

「? 花火?」

本から顔を上げ、遥はぱちぱちと目を瞬かせた。

「父さんが買ってきてくれたんだ。昔、よく庭先でやっただろ? ほら、線香花火の持ち手のほうを燃やしちゃって、全然火がつかないって遥泣いてたじゃん」

懐かしいものだ。あの時、遥はまだ小学校に上がる前だった。ちっとも火花が散らない様にいてもたってもいられず、早々に拗ねてスイカをかじっていた記憶がある。遥も覚えていたらしく、むっとして口を尖らせた。

「お前が、ひらひらの紙がついてるほうに火をつけるって、言うから…」

「それは長い花火のほうな。線香花火は火薬が詰まってるほうだし」

苦笑混じりに湊が言えば、近づいてきた遥はぽすぽすと湊を軽く叩く。しかしいったん机を振り返り、あれ、とゼリーのカップを指差してみせた。

「ん、あぁ。食べたんだな」

「おいし、かった。…ごちそ、様」

途切れ途切れになりつつも恥ずかしそうに呟き、遥はそっと踵を持ち上げる。偶然のようにちゅっと湊の頬に唇が触れ、途端に遥はバタバタと慌ただしく部屋を出て行ってしまう。玄関のほうから、遥も花火やりたいよなー?と父の声がした。

「まったく…照れ屋なんだから」

柔らかさが触れた頬をひと撫でし、湊は小さく微笑む。部屋の明かりを消し、すぐに遥の後を追った。



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