:: お兄ちゃんと寝たいのA
2014.08.18 (Mon) 09:16

「そろそろ寝てくれたかな…」

生ゴミを処理し終えた頃、壁時計を見ると十二時をまわっていた。最近は夏休み故に夜更かしをしていた遥も、ここまで遅くは起きていられないだろう。キッチンの明かりを消し、子供部屋へと戻る。静かにドアを開けると、闇の中で小さな嗚咽が聞こえた。

(まさか……)

急いで電気のスイッチを入れてみれば、遥がタオルケットを被ってぐすぐすと泣いていた。しかも、ベッドの上段で。

「遥……」

「ひっく……な、つ休みなのに…、いつも、バイトって……っ」

涙混じりの悲痛な声に、湊は何も言えなくなる。遥はさらに続けた。

「朝から…晩まで、いなくてっ……、ぜんぜん、あえなくて…、っしょに、ねるだけで…いっ、のに…」

「……そうだよな。俺…バイトしかしてなかった…」

せっかくの長期休暇ならばしっかり稼いでおこうと思い、毎日のように夜まで働いていた。帰宅して夕食、風呂、就寝、そしてまたバイト。その繰り返しばかりで、全くといっていいほど遥の相手をしていなかった。湊としては、バイトが空いた日に遥とゆっくり過ごせればそれでいいと思っていたし、バイトの理由も遥の夏服や祭デートに行くための資金だったからだ。

「ごめん。ほっとかれたって思っても仕方ないよな。俺、自分で思ってばかりで、全然口にしてなくて…」

泣くほど悲しくても、兄の言いつけをきちんと守って、遥は自分のベッドに戻ることを選んだのだ。弟は、どこまでも健気だった。我が侭だったのは、湊のほうだ。

「遥、ほんとに…ごめんな」

タオルケットから覗く頬はすっかり濡れている。湊のために、せっせと手入れをしていた頬だ。

「ごめん。遥が嫌いであんなこと言ったんじゃない。遥と、お祭りとか…買い物とか行きたくて、バイトして貯めようと思ったんだ。だから、ちゃんと働かないとって思って……」

ぐすん、と泣き声がいったん止まる。湊は少し背伸びをして、遥の濡れた顔をタオルで優しく拭っていく。

「遥が、俺のためにいろいろしてくれるのは嬉しかった。でも…その……」

口ごもる湊に、遥はベッドから身を乗り出し、首を傾げる。

「薄着で、しかも密着されると……つい、えっちなこととか考えちゃうし…」

「!」

「ご、ごめん。正直に言ったら、気持ち悪がられると思ったから…」

泣いたせいもあるが、遥は頬を赤く染め、返答に悩んでいる様子だった。

「俺の勝手な理由で、困らせて、泣かせて…ごめんな。でも、これだけはわかってほしい。…遥のこと、大好きだよ」

「っ……」

瞳に溜まっていた雫が、そっと頬を伝い落ちる。あまりの嬉しさにか、ベッドヘッドから膝下を垂らし、遥は飛び下りようとした。

「ちょっ、待て待て! 危ないから!」

高さとしてはそれほどでもないが、遥の脚はふるふると震えており、危険極まりない。制止の声に、遥はむっとして湊を睨んだ。

「そこにいて。…俺が、そっちに行くから」

その言葉にきょとんとした遥だが、意味を理解すると耳まで赤くして脚を引っ込めた。湊は梯子に手をかけ、ゆっくりと上段へ上がっていく。

「お、れも……」

湊がベッドに膝をつくのを待ちきれず、遥は両手を伸ばして言葉を紡ぐ。

「俺も…、すき……っ」

「遥……」

上りきったと同時に華奢な体を受け止め、しっかりと胸に抱く。ふわりと香ったシャンプーの匂いも、柔らかい髪も、細い腰も。久しく触れていなかった気がする。全てを堪能するようにぎゅっと抱きしめ、そっと頭を撫でてやる。遥は気持ちよさそうにすり寄ってきた。

「……キス、していい?」

どこか遠慮がちに尋ねた湊に、遥は小さく頷く。ぷるりとした唇に自分のそれを重ねると、遥も僅かに唇を押し返してきた。そうしてしばらくは、触れるだけの口づけを楽しむ。ついでにと、湊の手が剥き出しの太腿へ這わされれば、遥はびくりと体を震わせた。

「ごめん、嫌だった?」

さっきの自分の発言に、少なからず嫌悪を感じたのだろうか。湊が慌てて手を引っ込めかけると、遥はかぶりを振って手を押し戻した。

「く、すぐったい…」

「え? あぁ…。でも遥…くすぐったいなら、なんで触っていいなんて言ったんだ?」

自分を誘惑した時には、とてもくすぐったがりには見えなかったが。ぷいと顔を背け、遥は小さな声で呟いた。

「別に…我慢、すればいい…。お前がさわりたい、なら…さわっても、いい…から」

「もう……っ」

なんだ、そのかわいい理由は。そんなことを言われたら、くすぐったいのを我慢できなくなるまで太腿をかわいがってあげたいと思ってしまう。

「遥はほんと…おねだりが上手だよ」

「んん……っ」

さわさわと白い太腿を撫でながら囁けば、遥の腕がきゅっと絡みついてくる。ぷっくりとした頬に何度となくキスを落とし、太腿に置いた手をそっと腰に持っていこうとしたが──。

「遥…?」

「ね、むい……」

くたりと湊に体を預け、肩に頭を乗せている。小さな呟きにはっとして携帯を確認すれば、遥には到底起きていられない時間帯になっていた。キッチンから戻ってきた時間を鑑みれば当然だ。

「あっ、悪い。いい加減、眠いよな」

「ん……」

この雰囲気のまま寝てしまいたいのだろう、遥は眠いながらもしっかりと湊に抱きついている。もう、離さないとばかりに。

「…大丈夫だよ。ちゃんと、一緒に寝るから」

閉じきった瞼が半分開いた。もたれかかった遥を寝かせ、隣に自分も横たわる。ひしっとしがみついてきた遥の髪を撫でてやると、気持ちよさげに声を漏らした。

「夏休みの間はこうやって寝てもいいけど……ひとつ、条件があるんだ」

「ん?」

ぱちりと瞳が開き、何?と言うように服を引かれる。湊はためらいがちに口を開いた。

「半袖はいいけど…せめて、下はハーフパンツとかにしてくれないかな…」

日に焼けていない太腿を目にするだけでもかなり煩悩が煽られるというのに、毎日こんなふうに誘われてはきっと我慢できなくなってしまう。遥は上目遣いに問いかけてきた。

「いいのか。触らなくても」

「う……。…さ、触りたい時は、触らせてって言うよ」

弟に太腿を触らせてくれと頼むなんて、冷静に考えてみると情けないことこの上ないが、何にせよ今はそんな日が来ないことを祈ろう。

「お休み」

額にちゅっと口づけられ、遥は安心したように目をつむる。やがて聞こえてきた寝息にくすっと微笑み、湊も幸せな気持ちで瞳を閉じた。


***
しかしその後ハーフパンツになっても、裾まくったりシャツぱたぱたさせたり、変わらず兄を誘惑してきたとか何とか…(´ω`)


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