:: ↓もし湊遥が(ry 2
2014.03.11 (Tue) 21:07

「ここだぞ、アパート」

コンビニで適当なものを買い込んで、すぐそばのアパートを指差す。古くもなければ新しくもない、そこそこ安い家賃の六畳間。遥を廊下で待たせて、俺は狭いキッチンを抜けてリビング兼寝室の掃除に取りかかる。ゴミをまとめ、散らかったものを収納して、ハタキと掃除機をかけて一応の完成。玄関に出ると、壁に寄りかかった遥が携帯のディスプレイを眺めていた。

「……四分半」

はは、と呟きに苦笑を浮かべて、開けたドアの隙間を大きくする。

「帰らないでいてくれてどうも。上がって」

もっともだと言わんばかりにしっかり頷き、遥はドアをくぐった。

俺としては結構きれいになったと思ったけど、遥はまだお気に召さなかったみたいでちょっと顔をしかめている。実家から送られてきた段ボールの中身を抜いて、服や本を詰め込んでいるのがいけないらしい。
コートを脱いで、遥がもそもそとこたつに入ってくる。コンビニで買ったあったかいコーヒーを両手で握って、ぐるりと珍しそうに部屋を見回している。昔、初めて俺の実家に来た時もこんな顔してた気がする。

「友達、できたか?」

こうして誰かの家に来ること自体が珍しいのかもしれない。おもむろに尋ねれば、むっとして言い返された。

「それくらい……いる」

「あ、そうなんだ? よかったじゃん」

高校時代もまともな友達は俺ひとりだったし、遥はひとりでいるのが億劫にならない性格だから、大学でもそうかなと思ったけど違うみたいだ。どこかほっとしたと同時に、寂しい気持ちが僅かに胸を焦がした。

「じゃ……彼女とかは?」

するりと口から出た言葉に、誰より俺が驚いた。そんなこと、訊くつもりはちっともなかったのに。そっと遥の様子を窺うと、想定内だったのか平然としている。友達と同じで、揶揄のつもりで訊いたんだと思ってるのかな。

「興味ない」

ばっさりと切り捨てて、遥は缶コーヒーのプルタブを開ける。まぁ遥に限って恋愛事はないと思ってたけど、今も数学が恋人なんだな。ちょっと安心してしまった。

「お前は」

「へっ?」

不意に放たれた言葉に目を丸くすると、遥がすぐに首を振って打ち消した。

「…なんでもない」

「え、あ…、そう…」

てっきり俺の恋愛事情を訊いてきたのかとびっくりした。いや、遥がそんなこと訊き返すわけないし、見当違いだったのか。まぁよしとしよう。

「わぁ……」

遥が荷物から取り出したものを眺め、俺はなんとも言えない声を出した。微分積分の参考書がどさどさとテーブルを埋めていく様は圧巻だ。よくもこんな数字や記号とお友達になれるもんだと思う。

「勉強?」

「課題が出た」

広げられたノートにはびっしりと細かい字が書かれている。これは教授も読めないんじゃないかと言ったら、自学用のノートだと反論された。提出用は別らしい。さいですか。

「………」

それにしても。課題をこなしている傍らで喋るのはやっぱりよくないよな。集中できない、って怒られたら嫌だし。俺も読まなきゃいけない本があったし、静かにしとこう。
本を開いて栞を取ると、部屋がしんと静まり返る。外の公園で遊ぶ子供たちの声が、遠く聞こえるくらいだ。
こういうのも悪くない。話題を見つけてたくさん話すのも好きだけど、敢えての沈黙が通じる相手がいるって、もっと素敵だと思うから。



「ちょっ、もう七時じゃん!」

ふと卓上の時計を見て驚いた。まだ一時間くらいかと思ったらとんでもない、外が真っ暗になってる。遥も何度か瞬きをして時計を見つめていた。

「うーん…どうしよ」

昼食は学食だったからそこまでお腹いっぱいにはしてこなかったし、さすがにこの時間帯なら腹も減る。買い物は昨日したばっかりだから、冷蔵庫の中身は充実していると思う。夕飯は何にしようと思案していると、きゅるる、と狐が鳴くような音が前方から響いた。

「……」

遥は立てかけた教科書で顔を隠している。この部屋は俺以外に遥しかいないからバレバレなんだけどな。

「ぷっ」

吹き出した途端に、ノートが頭に直撃する。角じゃないところが優しさなのか。でも遥も怒ってはいないみたいで、むっとして怒ってるフリをしてた。

「悪かったって。……夕飯、食べてく?」

予想外の誘いに遥は目を見開く。嫌だって言わないのなら、たぶん肯定と受け取っても差し支えはないはず。

「材料あるし、簡単なものでいいなら作るから。ちょっと待ってろよ」

ぽかんとしている遥を置いて、俺はキッチンへ向かう。ひとり用の小さな冷蔵庫から野菜や肉、卵を取り出して並べてみた。さて、久々に腕をふるうとしよう。
まずは適当な野菜でサラダとスープをちゃちゃっと作っておく。この辺りは慣れたものだ。
次にメインを作るべく、玉ねぎ、人参、しめじ、鶏肉を刻んで炒めて、チキンライスを作る。ほんとはピーマン入れたいけど、遥が嫌いだからやめておこう。ふわふわの卵をオムレツ状にしてチキンライスへ滑らせて、真ん中をナイフで開けば完成。オムライスは優太の好物だったから、昔散々練習したんだ。

「いったん勉強道具片づけてくれるか?」

リビングを覗いて声をかけると、遥は頷いて筆記用具や参考書を荷物にしまう。テーブルをささっと拭いて、半熟ふわとろのオムライスを並べた。遥の目が少し大きくなる。サラダ、スープ、食器とお茶も運んでようやく準備が整った。頂きますを言おうとしたら、遥は待ちきれなかったみたいですぐさまスプーンを手にしたけど。

「どう?」

ふーっと息で冷ましながら、オムライスをせっせと口に運んでいる。不味かったら即座に顔をしかめるから、一応の及第点はもらってるらしい。でも、こういうのは直接感想を訊いてみたいよな。


***
続いちゃいます


prev|↑Log|next

↑main
×
- ナノ -