:: もし湊遥がくっついてなかったら
2014.03.11 (Tue) 16:51

・湊→(←?)遥のまま大学生になってたら?という捏造
・湊視点


必死で勉強して無事に合格したK大学に入学して、早一年が経った。未練がましく思い続けている相手と、せめて同じ大学に行きたくて選んだ進路。文理が異なるおかげであいつとはちっとも顔を合わせなくなってしまったけれど、後悔はなかった。
大学はいいところだ。ギリギリで入ったせいで勉強のレベルはずっと高いけど、男女問わず友達もできたし、バイトも順調だ。恋愛は時折誰かと遊ぶくらいで十分足りていた。だから、会わなくなってからはだんだんと忘れていったんだ。
もう諦めても大丈夫かもしれない、と思い始めた、その頃。どういう偶然か、一年ぶりに遥と再会してしまったんだ。


「小宮くん、どうしたの?」

彼女ではないけど、じきにそうなりそうな女の子が隣を歩いている。俺がしばらく立ち止まっていたら、ひょこっと覗き込んで声をかけてきた。

「あ…いや、ごめん。ちょっと先行ってて」

「? うん…」

いまいち納得しきれていない様子だったけど、重ねて謝ると素直に別棟へ進んでいく。それを見送ってから、俺は視線の先にゆっくりと近づいた。
茶色のふわふわした髪を揺らして、地面に膝をついてしきりに何かを探している。ああもう、しっかりしてるように見えて意外ととろいんだよ。だから、こんな、

「ほら。眼鏡」

コンクリートの地面から拾って、軽く汚れを払って差し出してやる。びくりと体を跳ねさせてから、恐る恐る俺の手から眼鏡を受け取った。レンズに覆われた瞳が、こっちを見るなり大きくなる。

「お前……」

ぱちぱちと目を瞬かせる仕草が妙に不似合いで、俺は思わず笑ってしまった。

「久しぶり。元気だったか?」

ゆっくりと立ち上がってジーンズの膝を叩き、別に、と遥はそっぽを向いて呟く。やっぱり一年くらいじゃちっとも変わらないんだな。
少し早めになりそうな心臓を抑えて、自分に言い聞かせる。恋人じゃない。友達なんだ、この遥は。いや、本当は遥って呼ぶべきじゃないんだ。呼んだこともないから。でも心の中ではいつもそうだったから、まだ癖が抜けてない。実際に呼ばないように、気をつけてはいたけど。

「飯、まだ? 一緒に行かない?」

だから、こんな誘いをかけるのも他意はない。遥の中の"俺"は、懐かしい友達に会ったらはいさよなら、ってする奴じゃない。本意不本意にかかわらず、社交辞令でもこういう台詞を言う性格なんだ。相手が誰だろうと構わずに。
それをすげなく断られたらそこまでだったってことで。遥は少し黙って、ふぅと息をついた。

「……ん」

「えっ」

「なんだ。自分で言っておいて…」

いやいや、意外にも程がある。ばったり出くわしただけなのに、すんなり食事についてきてくれるなんてあり得ない。そう思っての声を上げたら、むっとした顔で睨まれた。

「あ、あぁ……いや、断られるかなって思ってさ」

「昼に食堂に出向くのは……普通だ」

至極当たり前の言葉を口にして、遥はずんずんと食堂へ向かって歩いていく。俺は慌ててその後を追った。



食堂でありきたりな昼食をとりながら、いろんな話をした。入学から今までのこと、一人暮らしのこと、勉強のこと。遥が昔と変わらず、俺と普通に話してくれることが何より嬉しかった。

「お前、今どの辺に住んでるんだ?」

かき揚げそばのかき揚げをちょいちょい食べている遥に尋ねると、すぐ近くだと答えが返ってくる。やっぱり、と俺はにんまりした。

「寝坊しても大丈夫なようにだろ」

「うるさい」

否定しないところからすると事実らしい。昔から、朝に弱かったからな。
そうこうしているうちに、昼休みは徐々に終わりへ向かう。トレーを片づけようと遥が腰を上げた時、どきりと心臓が音を立てた。

「あ…あのさ」

遥がくるりと振り向く。そんなことにも脈が早まり、手に嫌な汗が滲んだ。

「放課後……うちに、来ない?」

今ここであっさりと別れたら、もう何年も会えなくなる気がした。忘れていた感情が、ふつふつと胸の中に蘇ってくる。本当は早く離れたほうがいいとわかっているのに、懐かしさとは違う何かがぐっとこみ上げて泣きそうになった。

「…掃除……してあるだろうな」

「えっ……あー、五分くらい待っててもらえれば…頑張る」

思いつきで言ってしまってからよくよく考えてみると、菓子やカップ麺の残骸なんかはないにしても、掃除機くらいはかける必要がある。あと、洗濯物を片づけなければ。
遥は深くため息をついた。割と綺麗好きな遥にしてみたら、きっと居心地は良くないだろうな。やっぱりやめると言いかけたその時、遥が不意に口を尖らせた。

「……三分で終わらないなら帰る」

「! わ、わかった……」

そのままむすっとした顔で、遥は返却口に向かっていく。どきどきと高鳴る胸にちょっとした罪悪感を覚えて、ぎゅっと手を握りしめた。

(大丈夫だ。これで……終わらせるから)



放課後。
四時をまわるなり、すぐにメールを打って送信ボタンを押す。アドレスは変わっていなかったみたいで、すんなり送信できた。俺も変えていないから、遥のアドレス帳に残っていればわかるはずだ。消されていたら、悲しいけど。
正門で待ってる、と送ってから五分が経った頃、理学部棟のほうからてこてこと歩いてくる遥の姿を見つけた。手を振れば思いきり他人のフリをされて、それがなんだか懐かしかった。

「お疲れ。ここから、歩いて十分もかからないから」

無事に合流して、二人でまた歩き始める。格好や背丈は今と少し違うけど、中学や高校時代、一緒に登下校したのを思い出した。
なんのてらいもなくそばにいられた時期は短くて、むしろ邪な感情がいつも居座っていた気がする。今だって、そうかもしれない。


***
続きます

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