:: こんな時は決まって泣きたくなるくらい幸せだと思うんだ
2013.11.12 (Tue) 22:57

・遥が泣きまくってます



「お帰り。……遥?」

うずくまってしまった遥の背後で、玄関のドアが静かに閉まる。帰りを出迎えていた湊は首を捻り、しゃがんで遥の髪をくしゃりと撫でた。

「どうした?」

遥はうつむいたまま、何も言わずに眼鏡を外す。湊にはすぐにわかった。静かに、遥が泣いているのだと。

「…っ……」

コートの袖口で目元を拭い、遥はしばらく黙っていた。湊が敢えて何も訊かずにいると、やがて涙混じりの小さな声が聞こえた。

「落とし…ちゃっ…」

「ん?」

「これ……っ」

震える手が、ジーンズのポケットから携帯を取り出す。あっ、と湊は目をみはった。遥が唯一付けていたストラップがなくなっていたのだ。

「そこの……側溝に、落とし…て、流され…て…っ」

余計なアクセサリーを嫌がる遥がしぶしぶ付けていてくれたもの。ずっと前、どこかへ行った時に湊が買ったものだ。

かわいそうなくらい泣きじゃくる遥を抱き寄せ、湊はぽんぽんと小さな背を撫でる。

「そっか。遥が大事にしてくれてたことは十分わかってるよ。それだけで俺は嬉しかったし…そんなに泣かないで、な? …これあげるから」

「っ…代わり…なんか……あ…」

湊は自分の携帯を取り出し、遥のものと同じストラップをするりとほどいた。それを手のひらに乗せてやると、遥は切なそうにストラップを見つめる。そして、ぎゅっと握りしめて涙を一粒こぼした。

「それあげる。俺のは、遥が買って?」

「俺…が……」

「そう」

何度も瞬きをする腫れた目を覗き込み、湊はにこりと笑う。

「たまには、遥からも何かもらわないと。ね、いいよな?」

「……ん…」

どうやら涙は止まったらしい。こっくりと頷いた遥に、湊はぱっと顔を輝かせた。

「よかったー。じゃ、土曜日に買いに行こうか。バイト休みだし、遥も用事ないよな?」

「ああ……」

「じゃあ約束。ふふー、デートなんて久々だな。ご飯何食べようか」

土曜日の予定をあれこれと楽しそうに決めていく湊を見つめ、遥はその身をゆっくりと湊に預ける。
──昔からそうだ。自分が落ち込むといつも、湊はこうして元気づけようとしてくれた。下手に同情することも拒絶することもなく、いつもの距離のままで"大丈夫"と言ってくれる。夕飯にさりげなく好物を作ってくれたり、俺が寂しいんだよと言いながら一緒に眠ってくれたこともあった。その優しさに、いったいどれだけ救われてきたのだろう。

「ほら、ご飯食べよう?」

手を引かれるままに廊下へ上がる。湊がリビングに進もうとして、くるっと向けられた背中にぺたりとくっついた。湊の歩みは即座に止まる。

「……お前がいて……よかった」

湊の瞳が大きく見開かれた。

「……これから…も、その…」

開いては閉じ、開いては閉じの唇を思い浮かべてくすりと笑い、湊はゆっくりと振り返る。続きはやはり、自分が引き取るべきかと思ったからだ。

「これからも、そばにいてね」

唇が重なる直前に見た遥は、今にもまた別の意味で泣き出しそうな顔をしていた。


(なんだか塩辛いキスだったね)
(……うるさい…)


***
メンタルが部分的に豆腐な遥はこの後凄まじい甘やかし攻撃に遭いそうだ


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