:: ツンデレCafeへようこそ☆
2013.10.28 (Mon) 02:04

・↑を聴いてカッとなってやった



「ここは…つ、ツンデレカフェだ」

「すみません間違えました」

やってしまった。普通のレストランと思しき外観に騙されてとんでもないドアを開けてしまった。湊は即回れ右をして立ち去ろうとしたが、片腕をぐいぐいと引っ張られてカフェ内に引きずり込まれる。

「ちょ! あの、俺そんなつもりじゃ……」

こんな強引な客引きがあっていいものかと怪訝な顔で振り返ると、気の強そうなウェイトレスがこちらを睨んでいた。表情はともかく、容姿はかなりかわいい──いや美人のほうがしっくりくる。

「う……」

普段は女の子にまとわりつかれてもさほど興味が湧かない湊だが、このウェイトレスは思った以上に自分の好みに嵌っていた。そこで腕を引かれたら、ドアの取っ手からは自然と手が離れてしまう。湊の様子を見て、ウェイトレスはこくりと頷いた。

「一名様…仕方ないから案内してやる。ついてこい」

少々乱暴な物言いだが、こういう場所は個性が大事なのだろう。向こうの席では、お兄ちゃんのばか、と童顔の女の子が客をビンタしていた。

「ここだ」

窓際の角の席を示され、湊はおずおずと腰掛ける。ウェイトレスはメニュー表とは別に、顔写真と簡単なプロフィールが載った冊子を広げた。

「配膳とゲームと見送り兼会計。誰にやってほしいか選べ」

「全部君でいい」

冊子には目もくれずに湊が即決する。眼鏡の奥で見開かれた瞳を覗き込み、続けて尋ねた。

「君、名前は?」

「……遥」

「遥? そっか」

こんな場所での"名前"ならきっと本名ではないだろう。頷くと、納得していないような顔の遥はもう一度プロフィール表を押しやった。

「ちゃんと…選べ。わざわざ男なんか…」

「いいよ。せっかく強引に誘われたんだ、乗らなくちゃ」

性別は見てすぐに判断できたが、女性の格好をしていても特に違和感や嫌悪感は覚えなかった。彼は女性に生まれてくるべきだった人種だ。

「とりあえず俺腹減ってんだよね……わ、さすがに高い」

食事代にサービスも含まれているのだから、外食というのを鑑みてもファミレスより三割は増されている。その中で、これ、と湊が指差したのは一般的なハンバーグセットだった。写真は載っていないが、小文字の説明を読むに、何かしらの特典が付くらしい。了解した遥はプロフィール表を持って厨房に向かった。

(脚、綺麗だな……)

黒いタイツに包まれた華奢な両脚を見つめ、湊ははっとする。いくら見た目が美しいといっても彼は同性。それに、そんなときめきは今この場限りで済ませなければならない。ホストクラブ通いで自己破産した女性のドキュメンタリー番組を思い出し、湊は緩くかぶりを振った。

(ここは恋愛するとこじゃないもんな。癒しだ癒し)

「ん」

お待たせ致しましたハンバーグセットでございます、を一文字にまとめ、遥は丸い盆を再び持って現れた。

「熱いから鉄板には触るな。怪我されると困る…から、仕方なく忠告してやる」

「はいはい」

ジュース、ライス、スープ、それとハンバーグを並べられたところで湊は手を合わせる。しかしハンバーグに目をやり、ゆっくりと遥に向き直った。

「ハート…?」

いい色に焼けたハンバーグは、かわいいハートの形をしている。遥はぷいとそっぽを向いた。

「っ……それは俺がしたことじゃない。作った奴だ」

「ふーん……それはってことは、遥も何かしたの?」

「!」

遥はぎくりと体を竦ませる。とても演技には見えなかった。

「例えばほら、このケチャップとか」

「っ……見てたのか」

言い当てられたことが恥ずかしいのか、遥はそっぽを向いてぼそぼそ呟く。

「ううん。そういうサービスがあるって、前に友達から聞いた気がしてさ」

「か…勘違いするな。別にお前のためにやったわけじゃない」

ハンバーグがハート型なので当然、ケチャップでもハートが描かれている。お決まりの台詞を返し、遥は湊の隣に座った。

「ね。遥って素でツンデレなんだな」

「はっ? ち、違う……」

「だってその顔、演じてるようには見えないからさ。ほら、あっちの子とかは完全に作ってるけど。ツンデレカフェなんて、遥に合ってる仕事だね」

食事を進めながらそんなことを話す湊に、遥は緩く首を振る。

「合ってない…だろ」

「なんで?」

「…人と話すのは…得意じゃない」

「でもさ…それも個性じゃん。遥かわいいし、こうやって隣にいてもらうだけでも幸せって奴はいると思うよ。ここって、そういうのが大事なんじゃないか?」

率直ながらも優しい言葉に驚きつつ、遥は頬を赤らめる。
このバイトを始めてまだ日が浅い遥にとっては、人に接するというだけで気が滅入る思いだった。だからこそきちんと話さなければと思うのに実際は空回ってばかりで、やはり自分には接客なんて向いていないと落ち込んでいたのだ。
けれど湊は違うと言う。ここは癒しを求めに来る空間だから、自分ができることをしてあげればいいんだ、と。

「え? あの…」

いきなりフォークを奪われ、湊は困惑気味に遥を見やる。一口サイズにハンバーグを切った遥は、一切れをフォークに刺して湊の口まで持っていく。顔はちっともこっちを向かないが、頬は赤いままだ。

「……別に、礼なんかじゃ…ないからな」

「…ありがと」

くすっと笑って、ハンバーグを口に含む。それだけで美味しさが増した気になるのだから、つくづく不思議だなと湊は思った。



「癒し代も馬鹿にならないな。しょっちゅうは絶対来れない値段……いや逆か。この値段でも会いたいって思わせるんだな」

会計を済ませ、湊はレシートを眺めて苦笑いを浮かべる。遥がくいくいと袖を引いた。

「次……いつ来るんだ」

「えーと……もう来ないと思うけど」

もともとはレストランと間違えて入店しただけで、こんな場所に来るつもりは毛頭なかった。確かにある程度は癒しも得られて楽しかったけれど、次の予定はおそらくない。遥にはまぁ、そのうちどこかで会えるだろう。
しかし遥はきゅっと唇を噛み、袖ごと腕を掴んだ。

「来ないと……許さない」

「えぇ!」

「今度来たら、にーはい…着てやってもいい…」

「………」

湊は何度となく目を瞬かせる。食事後、雑談をしていた時に"脚が綺麗だからニーハイが似合いそう"的な話は振ったが、それはあくまで接客に有利だろうという意味だ。湊が個人的にそうしてほしいと言ったわけではない。

「う、うん……考えとくよ。それじゃっ」

おざなりの返事を残し、湊は半ば逃げるようにしてカフェを飛び出す。ぱたりと閉まったドアを見つめ、遥は静かに下を向いた。


***
続く。湊→←←遥っぽい。

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