:: ハンカチ
2017.10.30 (Mon) 22:19

私が文章を書くようになったのは中学生の頃だった。あの時代はどうにもエネルギーが溢れかえっており、それらを発散するとノート一冊があっという間に終わった。今では考えられない。しかし火アリのアリスも宣っていた通り、描写が薄ければとんとん拍子で話が進んでしまうため、筆が速まるのは当然のことだった。
まだ携帯を持っておらず、友達に見せる都合上、ほとんどはノートに綴っていたが、時々はタイピングの練習としてパソコンをカタカタすることもあった。クラスメイトに物凄くタイプが速い子がおり、「毎日やっていれば自然とこうなる」と聞いたので憧れて実践してみたのだ。実家は今も昔もオフラインだったが、父はお下がりのノートPCを早くから私に与えてくれた。インターネットにもそこまで関心がなく、パソコンをいじれればそれでよかったというのもあり、当時考えていた一次BLを度々そこに打っていた。ワードがあまりに簡素だったこともあり、文章なのにプレゼンソフトを使うというよくわからないことをしていた。

どうせ誰にも見せないのだから、何を書いても構わないだろう。

父はもう新しいパソコンを持っているし、母は筋金入りの機械音痴。弟はまだ小学生でパソコンにも興味がない。恐れるものは何もない、などと奥義会得時の剣心みたいな決意を固め、遠慮なくエロいものを書いていく。心から遥に謝りたい。ほんとごめん。湊はまだ存在しなかった。


そんなある日のこと。
ない。私のパソコンがない。ランランに捨てられた畳を必死に探す聖川よろしく、私は血眼でノートPCを捜索した。あぁ、と新聞を広げた父が軽い調子で言う。

「うちの新人に貸した」

な ん だ と … ?

「パソコン持ってないって言うから、練習がてら使ってみろって」

「はぁぁぁああ!?!?」

今でこそパソコンは会社から支給されるのが当然だが、それが間に合ってなかったのか何なのか、父親はとんでもないことをしてくれた。許可くらい取れやと思ったが、そんな後ろめたいデータを娘がこそこそ作成しているなど予想できるわけがない。
――だめだ。終わった。
さすがにデスクトップに直接置くような真似はしていないが、フォルダを開ければすぐ閲覧できる。どうなんだろう、人のファイルって普通見るものなのか?タイトルにもよるが、ワード…ワードなら見るかもしれない。真面目な文章かもしれないし。エクセル…エクセルも見るかもしれない。表計算だろうし。パワポ…パワポは…やっぱり見るかもしれない。内容によるけど。私はいったいどういうファイル名で保存していたのだろう。
彼か彼女か知らないが、いっそお宅に雷でも落ちてクラッシュしてほしい。何ならコーヒーこぼしてもいい。とりあえず善がる桜井さんを抹消してほしい。

一週間ばかりが経った頃。
パソコンは家を出たままの状態で私の部屋に戻された。恐る恐る中身を確認したが、私がかつて知るファイルのままだった。もうわからない。けど父にチクらないのならどうでもいい。

「これ、娘さんにお礼だって」

お礼と聞いて震えた。何のお礼ですか。
震えてから、あ、パソコン貸したお礼ね、はいはい…と思って父から紙袋を受け取った。中身は某ブランドのハンカチだった。派手すぎず地味すぎず、とてもセンスがいい。

桜井さんのファイルは後日、結局消してしまった。いろいろ思い出しそうだし、元の設定から外れていたし、中身もクソもないようなやつだったので未練はなかった。エロくないやつは残しておき、大学生になってから買ったパソコンにファイルを移して消した。昔書いたものはノート含めほとんど捨ててしまったので、あれはいい思い出となっている。何言ってるかわからないけど。

ハンカチは現在お弁当包みとして淡々と活躍している。

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