:: 一分間スピーチ
2017.10.20 (Fri) 23:30

というものをご存知だろうか。
正確な名称はないに等しく、大概は担任が適当につけるものなんだと思う。

『最近あった出来事を一分以内で話すこと』

私の場合は中学だった。二人ずつ席順で回ってくる日直が、朝と帰りの各ホームルームで皆に向かってあれこれと話すのである。遥みたいなコミュ障なら軽く死にたくなるかもしれない。当時そんな言葉は存在しなかったが、確かに口下手な子は難儀そうにこなしていた記憶がある。そもそも一分間というのは結構長いもので、ひとりで喋るとなると(え、まだ?)となりがちだ。無論きっちり時間など計っているわけではないので、大体の生徒は三十秒も話していなかった。
私はやる気のある時とない時で、時間の長さがだいぶ異なった。中学なので行動範囲は狭く、さらに趣味はオタク寄りでクラスメイトには言えないものが多かったため、無難に家族とか勉強とか天候とか…あんまり面白くなかったに違いない。祖母が祖父をほったらかして歌番組の氷川きよしに夢中だった話もした。担任以外の掴みはいまいちだった。
片田舎の、小学校からほぼ面子の変わらない中学。窓ガラスを叩き割る不良などいるわけない。悪事といえば買い食い、部活サボり、チャリと傘の盗難。最後は犯罪だが、至って平和な学校だった。

ある日のことだった。
日直はSという男子と…女の子のほうは忘れた。このS、何というか厄介な奴だった。裏を返せば面白い奴なのだが、たまにこう、行き過ぎて面倒なことになるのだ。おちゃらけているわけでもなく結構静かなのに、やることは汚いのだった。何となくウシジマに出てそう。
帰りのホームルーム。彼の一分間スピーチが幕を開けた。

「昨日…ゲーセンに行きました」

のっけから静まり返る教室。やがて広まるくすくす笑い。まだ唖然としている者もいたが、素晴らしい掴みだった。ゲームコーナーならともかく、まだゲーセンという施設が煙たく暗い場所と認識されていた時代のことである。校則ではもちろん保護者同伴が必須だった。が、彼が親を従えて行くとは誰も思っていなかったしきっとそうだった。彼は人を小馬鹿にしたようなにやけた顔で(もともとそういう顔だった)続ける。

「大人の人に絡まれました」

担任が頭を抱えた。彼は冗談が通じるほうだったし、Sの普段を見ていれば予想も粗方ついただろうから、本気でがくりとなったわけではない。ただ、心の底から呆れていた。
ゲーセン。大人。縁のないワードに、平和な教室は妙な興奮に包まれる。

「お…僕は、鉄拳をやっていたので」

鉄拳。ご存知の方もいるだろう、有名な格闘ゲームだ。一人称をそそっと直してSはゆっくり喋っている。

「対戦することになりました」

どうしてそうなった。
この辺りから、教室中が笑いを堪えられなくなっていた。四フレーズしか喋ってないのに、時間は四十秒ほど経っている。へへ、とSは低い笑みをこぼした。

「勝ちました」

おおおお、とどよめく取り巻きの男子たち。Sもどことなく満足げで、担任に向き直った。

「終わります」

すまねぇな、まぁ許してくれよちょっとしたお遊びさ。と、そんな台詞を一言に凝縮させてSは静かに席へ戻っていった。スピーチの後は先生のお話なのでお役御免である。ぱらぱらと四方から散る拍手の余韻。担任の前に幕は落ちた。

スピーチあるいはプレゼンが心を動かした者勝ちというなら、平和ボケしたあの教室に一時でも木枯しを呼び込んだSの存在は、やはり優れたものだったに違いない。校則も担任も非難も恐れず、彼は自分のやりたいようにやってきた。内容は到底褒められたものではないが。

それから私は、人の話を聞くことがまた少し好きになれた。誰が何を考え、どう感じたか。紛れもない個性のひとつだ。

それらをもとに構築したキャラクターを頭の中でふわふわ遊ばせて、彼らの行動や思いをそばでずっと綴っていく。その中に私はいないしいらない。彼らの物語の端の端で、常に目と耳を利かせて手を動かしていたい。そうしてSとは違う手段で、誰かの心を動かせたらいいと思う。

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