:: ツインとダブル その後 2017.10.09 (Mon) 16:14 「っていうか、あゆむさんが部屋とらなきゃ俺たち普通に二部屋とれたんだからね!」 「(ギリギリのお前らと違って)私は予約したの二ヶ月前なんだけど(怒)」 「すみませんでした」 大学時代の親友とはいえ、すんなり 「ツイン空いてないって」 「じゃあダブルでいいや」 となるものなのか。男二人で。 その辺りの価値観はわからないが、ダブルに至った経緯は知れた。 「あゆむさんが隣ならうるさくしても大丈夫だね」 天然廉斗さんが期待させるような台詞を吐いた。じゃんじゃんうるさくして構わないですよ、ほんと。葵が笑う。 「あゆむさんに壁ドンされるよ」 え、なんで私が廉斗に…?と思ったが、そっちの壁ドンじゃない。誰得だ。 「俺たちが遅かったら起こしてくれてもいいけど…」 天然廉斗さん、それ以上はまずい。ね。捗っちゃうから。 「壁に耳当てたらなんか聞こえるかな…」 佳奈子みたいな私の呪詛を拾ってしまった後輩がはははと懸命な苦笑いをしてくれた。本当にここの面子は心が広い。 お、そうだ。 「部屋遊びに行っていい?」 「はぁ!?」 葵がとんでもないとばかりに目を剥いた。それから、来たって何もないよ、などと呆れて見せる。が、私の狙いは無論理解しているようで、 「…わかった。いいよ、来ても。俺は出ていくから」 「意味ないじゃん!」 いや、どんな部屋かさえ見られればあとは頭の中で補填することもできるけど。その場に本人たちがいなければ妄想のし甲斐がない。たまらず割って入る旦那。 「いや、俺が出ていくから」 廉斗、お前もか。 葵が続ける。 「いやいや、俺が出る。で、あゆむさんの部屋で寝るからあゆむさんはそっちで寝て。レンと」 そんな誰ひとり得をしない選択肢があるか。 「揃ってるところに遊びに行きたい行きたい行きたい」 「来なくていい!」 この押し問答は二次会に腰を上げるまで続いた。 二次会も筒がなく済み、日付が変わって少しした頃に解散となる。ある者はアパートへ、ある者はカラオケへ。そして私たち三人は揃ってホテルへ向かう。昼間の暖かさはすっかり消え失せ、薄いコートを巻きつけて夜の道を歩いていた。 「ねむい」 夜勤明けで車を飛ばしてきた葵が20回目あたりの台詞をこぼす。帰ったら即行で寝よ、と言うので。 「え、お風呂は」 「いいよめんどい」 葵はこれでもお風呂大好きっ子で、研究室旅行の時などは一緒に温泉へ行っても私のほうが先に戻っていたほどだ。が、疲労困憊に加えて朝シャワーが習慣化していることもあり、寝る前の入浴には執着がない。私などは如何に眠くてもシャワーだけは浴びてベッドに入りたい派だ。 「でも、そこの風呂狭いから入りにくいんだよね」 廉斗が言う。広いのはベッドだけなのか、そうか。彼は身長もそこそこあるのでそのせいかもしれないが、確かにシングルルームのバスタブもなかなかに狭い。 「そうだ。朝お風呂入りに行こう」 葵だ。目がきらきらしていた。この辺りは少し車を出せば銭湯も結構ある。葵が廉斗に地理を尋ねる。 「〇〇の湯って近いっけ?」 「いや、ちょっと遠い。車なら近いけど」 「チェックアウト早くして、飯食ってからそこ行こうかな」 「そうしようか」 誘われてもいないのに廉斗は頷き、誘ってもいないのに葵が許諾する。『レンも行く?』とか『俺も行っていい?』とか聞いた覚えはない。 明日の予定などを話している間にホテルへ到着し、フロントで鍵を受け取ってエレベーターに乗り込む。自室に戻った後はシャワーを浴び、ベッドで昨日のこれを書いていた。そういやチェックアウト何時だっけ、とホテルのマニュアルをめくったらいきなり半裸美女が飛び込んできてビビる。有料チャンネルのご案内である。彼らはこういうの見ないんだろうか。いつだったか葵に尋ねた時は『そういうビデオはないよ!』と懸命に映像を否定し、紙媒体の存在をうっすらと感じさせた。 のんびりしていると隣室から二人の笑い声が聞こえてきた。何で私は盗聴の念能力者じゃないんだろう。 翌日。隣室を開け閉めする葵たちの物音は聞こえていたものの、あまりの眠気につい睡眠を優先してしまった。ホテルの朝食タイムが過ぎた9時過ぎに目覚めた私はスーツケースをあさってコンビニお握りを貪り、諸々の支度を済ませてチェックアウトした。観光客の屯する物産館で会社への土産を購入し、徒歩で大学へ。既にステージは盛況で、あちこちに揃いのウインドブレーカーを羽織った学生スタッフがいた。出店も少ないながら活気に溢れている。こういうのを見ると無性に戻りたくなってしまう。 研究室に顔を出し、荷物を置かせてもらってから学祭を一通り見て回った。AR?のシューティングゲームが楽しかった。昔所属していたサークルの展示も見た。毎年欠かさず読んでいた文芸部誌も手に入れた。町並みのジオラマを撮った。学生の中でも知る人ぞ知る教室でエアコンをかけ、ひとりのんびりと出店の食べ物を堪能した。楽しかった。 そこへ葵からLINEがくる。学祭に営業で訪れている有名人のステージを一緒に見ようとのこと。しかしバスの時間が迫っている。廉斗は帰ったらしい。天然が行き過ぎて、彼は時たま薄情になる。 どうせバス停へ向かうにはステージを横切らねばならない。スーツケースを引いてそちらへ行くと、芝生のあたりに葵がひとりでいた。周囲は人混みでごった返している。そんなにすごいのか、有名人。 葵が車で駅まで送ってくれるというので、ありがたくお言葉に甘える。おかげで私もステージを見ることができた。 帰りの車中。 黙ってさっさと帰ってしまった廉斗への恨み言をちょっぴりこぼすと、実は、と葵も呆れ顔で神妙な声を出した。 「東京に行ったんだよね。競馬しに」 あいつううううう!!! そうでもなかった怒りがちょっと込み上げた。 「私たち…いや、大学より競馬をとったんだね…」 「うーん…」 葵は特に否定しなかった。 そういえば、と私は話を少しだけ変える。 「昨日はすぐ寝たの?」 「うん。三人で帰ったじゃん、それから…」 「一時くらいだったよね」 「そう。もうね、即行で寝た」 やはり風呂は後回しになったのか。 「昼前に大学来たのも、銭湯行ってたからなんだけど。ひとりで」 ………あれ? 「ひとり…?」 「そう。帰っちゃったから」 廉斗てめぇ。 ぶすくれる葵とぶすくれる私。車は陽光を受けながら狭い道を進む。 「ていうか。俺、朝8時くらいに起きたんだ。その前からシャワーの音が聞こえてて」 あぁ…先越されたのね。 「ホテルのローブあるじゃん?」 膝丈くらいの薄い寝巻きのことか。 「起きたらね、レンがパン一でそれ羽織ってんの!w」 葵は突如笑い出した。私もつられてげらげらと笑う。笑うしかない。微塵もエロくなどない。葵のそういうのなら見たい。 同性だからか、はたまた意外と気にしないタイプなのか?ひとしきり笑って、またぶすくれる。 「俺が風呂行こうって言ったら『もう入ったから…』とか言ってさ。あーあ」 天然は構わないが、本当に空気の読めない奴である。おとなしく葵の言いなりになっていればいいものを、貴様。 駅で葵に礼を言って別れる。残念だが、しばらく会うことはないだろう。次に会う時はぜひ、彼と一緒に湯につかってほしいものだ。 ×
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