:: ツインとダブル 2017.10.09 (Mon) 01:53 某所。 母校の大学の地へと半年ぶりに赴いた私は慣れ親しんだ町並みに心踊らせていた。三連休の只中、歴史と大学が取り柄のこの土地もなかなか人が多いように思える。スーツケースをガラガラ言わせながら私はビジネスホテルへ向かった。 卒業生を含めた研究室での飲み会、いわばミニ同窓会は毎年の恒例行事だ。とうとう呼ばれる立場になったかと感慨もそこそこに、手土産を持参して新幹線へ乗り込んだのが数時間前。それぞれ企業へと巣立っていった同期たちと、研究や遊びに没頭する後輩たちは元気だろうか。 ホテルのチェックインを済ませ、部屋に入るなり身支度を整えるべくシャワーを浴びた。ユニットバスは窮屈だが、安いのだから文句は言うまい。化粧やら着替えやらをして待ち合わせの居酒屋に向かおうとしたが、フロント行きのエレベーター内ではっとした。そういえば、部屋に鍵をかけていない。 古めかしいこのホテルは、今時珍しい非オートロック式だった。再びエレベーターを稼働させて上階を目指す。廊下に躍り出た私はぽかんと口を開けた。が、不思議とそんな予感がしていたのですんなりと受け入れることができた。 久しぶり、と。 自らの部屋を通り過ぎ、隣室に施錠を済ませようと構えていた二人組に声をかける。案の定、彼らは(゚д゚)。そのうち、え、どういうこと、と戸惑った様子で片方が私ともう一人とを交互に見やり、私じゃない彼に問いかける。 「ホテル教えたの?」 「ううん」 これから飲み会に繰り出す二人を、私が迎えに来たとでも思ったのか。 あっさりと首を振ったほうの彼はもう笑っていた。こんなことあるんだね、などと言っている。片方はまだ困惑していたので、私はわざとらしく説明してやる。 「あはは、隣だ。鍵かけ忘れてさ、戻ってきたんだよね」 「はぁ!?隣っ…!?」 そんな慌て方を見るのも実に久しぶりだ。 彼は葵。読み切り短編のつもりで書いた葵のモデルである。そして傍らにいるのはもちろん廉斗(のモデル)。まさか彼らに、しかもこんな場所で一番に会えるとは思ってもみなかった。まぁ、安いホテルだから誰かしらは利用するかも、と考えてはいたが。 ――ところで。 私はもちろんシングルに泊まっている。彼らは同室で、一番奥まった部屋――ということは。そう、ツインかダブルの二択だ。居酒屋に三人で向かっている間も、私はそれが気になって仕方なかった。社会人になった今、こんな良素材はそうそうお目にかかれるものではない。今日限りと思って、スポンジの如く吸収しておかなければ。 飲み会は和やかな雰囲気で始まった。各々ビールを傾けながら近況を報告し合っている。一応ノンオフィシャルな会なので、教授もおらずのびのびとできるのだ。初っ端からその話題も何なので、しばらく経ってから私はこそこそと葵に話しかけた。 「あのさ」 「なに?」 「私はほら、シングルだけど、さ……そ、そっちはど」 「うわまたにやにやしてる!やめてよもー」 怒られた。が、学生時代はもっと根掘り葉掘り訊いていたので葵も本気ではない。真顔で尋ねたつもりが、確かに口角は上がっていた。仕方ない。 「ツインなの?」 「ツインだよ」 ふうん。 まぁ当たり前よな、と予想通りの答えに頷きつつビールを含んだ。Free二期の遙凜じゃあるまいし、男二人でダブルなどまずあり得ない。 しかし、葵は唇をむっと尖らせる。 「違うんだって。これには深い訳があるんだよ」 「?」 あ、シングル二つじゃない理由ってことね。 仲良しこよしの火村先生とアリスでさえ、一部を除いてはシングル二部屋が基本だ。私だって家族以外と宿泊するのならそっちがいい。 「何ていうか、滑り込みだったんだ。…俺、仕事が忙しくて今日休めるかギリギリまでわかんなかったんだよ」 知ってる。グループLINEでも愚痴ってたから。 「で、休めるってわかったのがちょっと前でさ。そこからホテル探そうってなって…」 「うん」 「レンに『もうホテル取った?』って訊いたらまだだっていうから、俺のぶんも適当に取っててって頼んだ」 それ他人に頼むことじゃないだろ。 いやまぁ、楽天ポイントの関係もあったのかもしれないが、それにしても葵は葵だった。卒業して離ればなれになっても尚、廉斗に甘えるところは微塵も変わっていない。 「そしたらこのホテル、今日すごい混んでたらしくて」 「だろうね…」 天下の三連休だぞ。『ちょっと前』に予約とか、あまりに呑気すぎないか。 「で、ツインが空いてなくて」 ……? 「ん?ツイン?…あ、そう、ツイン。だからダブルになったんだよね」 !? ……………!? 「だ、ダブルっ……!?ツインじゃなくて!?」 「そう言ってるじゃん」 「さっきツインっつったろーが!!」 「間違えた」 Oh my god……/(^o^)\ ×
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