「幸次郎、朝だよ」

「んー…、あと…5分…」

「だめだよ。今日は買い物に付き合ってくれる約束だろう?子どもも楽しみにしている」

「ん………んんっ!そうだったな!今起きる!」


幸次郎はそう言うと、がばっと布団をめくり上げた。毎朝のジョギングを欠かさない彼が、こんなに寝ているのは珍しいことで。たまの休みだから、なんて思って、布団に潜り込んでしまったのだろうか。


「…じゃ、私と子どもは先に下で待ってるから、準備が出来たら朝ごはん食べにおいでよ」

「あぁ、わかった」


幸次郎はふりふりと手を振って、私を見送る。なんだかなぁ。私は階段を降りながら、妙な違和感を覚えたが、下で子どもがお腹を空かせて待っていたので、早足にリビングに戻った。










「まま、まだ?」

「…うーん、ちょっと待ってね。パパ、遅いなぁ」


そう言うと、子どもはむすりと明らかに不機嫌な顔をした。なんだか知らないが子どもはパパである幸次郎を気に入らないらしい。反抗期にしては早過ぎるし、幸次郎がとても可愛そうで。何度もパパをイジメないでというのだが、言うことを聞かない。1年前はあんなにもパパが大好きだったのに。何があったのだろうか。


「ぼく、みてくる」

「あ、」


そんな子どもは我慢仕切れずに、階段を駆け上がっていった。私はやり切れない思いで、ハァと一つ、ため息をつく。幸次郎はあんなにも子どもが大好きなのにな…。










「まっ、まま!」


ぼーっとそんなことを考えていたら、どたばたと子どもが階段を駆け降りてきた。その表情は必死そのもので、流石の私も少し焦る。


「ど、どうしたの?」

「ぱぱ!へん!」


私は、ぐいぐいと手を引っ張る子どもを落ち着かせ、抱き抱えるようにして部屋へと向かった。聞けば、幸次郎の様子が変なのだという。そんなことは信じられない。さっきはあんなにも元気だったのに…。と、考えつつも、心なしか早足で行き着いた先の彼を見て、やっと理解した。


「こ、幸次郎!?」


確かに彼は様子がおかしい。真っ赤な顔で苦しそうにして、吐く息も相当荒い。子どもはパパ、パパと心配そうに駆け寄り、幸次郎はそんな子どもを優しい目つきでなだめていた。


「ああ、なんてこと…」


これは大変だ。幸次郎は今までに無いくらい、高い熱を出している。これでは立つことすら困難だっただろう。さっきはそんな様子が見えなかったのに。どうして気がつかなかったのか…。


「幸次郎、とにかく横になって…。今、タオル持ってくるからね」

「あ…す、ま、ない…な…。でも、…買い、物…行くん…だろ…」

「馬鹿だな!こんな体で行けるわけないだろ!」

「だけ、ど…楽しみ…だった、よな…」


幸次郎が子どもに目をやると、なんと子どもは目を潤ませた。ぎょっとする幸次郎に子どもは追い撃ちをかける。


「ぱぱのばか!」


その言葉が決め手になったのか、しおしおと幸次郎は布団に潜り込んだ。子どもは子どもなりに心配したらしい。その日は買い物に行きたいなんて、一言もいわなかった。










「ほら、腕を上げて」

「あ、悪い…」


私は濡れたタオルで幸次郎の体を拭いていた。相変わらずいい体つきだ。いつ見ても、ちょっと照れる。


「なぁなまえ…。子どもの様子はどうだ?」

「もう大丈夫だよ。今はお昼寝してる」

「そ、そうか。………俺、また嫌われたな」


しょぼんとした幸次郎は頭を垂れた。私は体を拭くタオルを顔のあたりに持って行き、頭を無理矢理あげさせる。


「馬鹿。子どもはパパが心配で心配で堪らなかったんだ。それなのに、本人があんなこというようじゃあ、怒りたくもなるよ」

「なまえ…」


そうだよな…、なんて呟いてから、幸次郎はにこりと微笑む。私が、次は一緒に行こうねと言ったら、勿論だ!と気合いを入れていた。










「なんてことがあってさ。あの歳で自分の体調も管理出来ないんだよ。まったく幸次郎は…」

「ふふ、その割には嬉しそうだ」


カランと、グラスの中の氷が音をたてた。ヒロトはその向こうで手を組みながら、微笑んでいて。まるで私が迷惑をかけられるのを喜んでいるとでも言いたげだ。


「ヒロト、君には分からないかもしれないけど、幸次郎は意外と手が………」


と、私が幸次郎のダメさ加減について熱弁しようとしたところ、急にくっと喉が詰まった。理由はテーブルに置かれた自身の手だ。その手には、いつの間にか白くて冷たい手が重なっている。それに気がついた瞬間、私は驚いて手を離した。


「ヒロト…」

「ん?」

「やめて」

「どうして?」


きょとんとした表情で言われれば、私も怒るに怒れない。そこで彼も結構天然だったなと思い出した。


「もういいよ!まったく…」


私が立ち上がって、レジへ向かおうとすると、彼も立ち上がった。そうしてさも当たり前かのように、するっと私の腰に手を当てるものだから、くすぐったいとばかりに身をよじる。


「だからね、ヒロト…」

「どうしたの?」

「私は結婚してるの。こんなことされても、困るの」

「あはは、そういうことか。やだな、なまえは気にしすぎだよ」

「そ、それはそうかもしれないけど…」

「ね?浮気は文化、でしょ」

「それはない」


キラリと星が飛ぶような笑顔で言われ、顔が引き攣った。最終的にはホテルに連れ込まれそうになったので、


「瞳子さんに電話しようかなぁ」


なんて脅したら、なんとかおさまった。

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