「まま!」

「ん?」

「ぱぱ!」

「どうした?」

「…すき!」


あーもう!ママもあなたのこと大好きだよ!なんて可愛いの!愛してる!と言って、キスしたいところを我慢した。幸次郎も同じことを考えているのか、おすわりする子どもを愛情に満ち溢れている目で見ている。いやでもその気持ちは痛いほど分かった。そもそも、子どもが可愛い過ぎるのがいけない。親バカなんて思うかもしれないが、子どもができた親なんてこんなものだ。…そう、信じたい。


「なまえ、この子は天才じゃないか?」

「は?」


そんな思いに浸っていたら、幸次郎は突然声をかけてきた。私がどうしてと聞き返せば、照れながら続ける。


「いやだって、この前初めて話したと思ったら、数ヶ月でこれだぞ。俺たちの子どもは非凡なようだ」


NASAに連れていかれないように、見張っておかないとな、なんて真剣にいう彼がおかしくて、思わず笑ってしまった。


「や、やだなぁ幸次郎!子どもの成長なんてこんなものだよ!今が成長期なんだから!」

「ん?そうなのか?」

「そうなの!」


だめだコイツとばかりに笑いあった。そんなとき、後ろでおすわりをしていた子どもが、ふと声を出す。


「んしょ…」


新しい言葉を発したなぁなんて思って、幸次郎とほぼ同時に振り向いた。しかしおすわりしているはずの子どもはそこなく、そこにいた子どもはなんと、


「まま!」


立ち上がってふらふらと近付いてくるところだった。一瞬思考が停止する。あまりのことに、呼吸も止まっていたかもしれない。



…子どもが立った!



ハイハイを力強くしていたから、そろそろとは思っていたが、まさか今とは誰が思っただろうか。震える体で幸次郎を見ると、彼はいきなり立ち上がった。


「デジカメェェェエ!」


フルパワーシールド時のような声で叫んで、押し入れへかけていく父。それを見向きもせずに、子どもは私の胸に収まった。


「…まま!すき!」


なんていいながら、頬にちゅっとキスをしてくれる。あまりの可愛さに、天使が胸の中にいるのではないかと思った。


「はっ、はぁ…、なまえ…!カメラ…録ろう…!」


しばらくして幸次郎は帰ってきた。その手には買ったばかりの、ビデオ機能付きデジカメが握られていて。


「さぁ、早く!」


幸次郎がせかせかと急かすので、私は何か大切なことを忘れている気がしながら、子どもから離れ、おいで〜と呼んだ。彼は一瞬、寂しそうな顔をしてから、立ち上がろうとする。その刹那、幸次郎は今だっ!と叫んで、録画開始したらしい。


「………………ん?」


子どもが私の胸に収まるころ、幸次郎は呟いた。私がどうしたの?と聞くと、彼は撮れていなかったみたいだと、答える。


「えぇー、本当ー?」


近付いてカメラを受け取ってみたが、確かに撮れていなかった。というか、あれ?このデジカメ、こんな形だっけ?


「…………あ」

「ん?」


シャッターを押す部分、そこを触って気がついた。なんと、そこが陥没しているではないか。私は静かにデジカメを机に置き、幸次郎の方をみて言った。


「機械ダメだったね…」


その言葉に、幸次郎もアッと思い出したようだった。










「ヘイ、なまえ!元気にしてたかい?」

「ディラン、ヘイじゃなくて、こんにちはだろう?」

「オーマイガッ!そうだった、まったくジャパニーズは難しいネ!」

「………なにかよう?」


夕飯の支度をしていた時だった。ピンポーンとベルが鳴るので、インターホンを取れば、見たことがある人相。FFIの時に知り合った、アメリカ代表の二人ではないか。慣れない日本語で挨拶してくるあたり、可愛いなぁと思ったが、二言目には「今日はSUSHIか?」とか聞いてくるあたり可愛くない。それを察したのか、マークがお土産もあるからあげてくれよ、と言うので邪険にするわけにいかなくなった。


「WAO!日本の家は不思議だね!」

「私には君が普通に土足で上がってくることが不思議だよ」


ディランに一喝し、すでに靴を脱いでいたマークから、半ば押し付けられるようにお土産を受け取った。


「日本人はこういう時、ツマラナイモノデスガ…っていうんだろう?ほら、ツマラナイモノデスガだ、受け取ってくれ」

「うん、なにもかもが惜しいけど、ありがたくいただくよ」


とりあえず、彼らに子どもを紹介すると、マークは可愛いとキスをして、ディランはワオワオいいながら抱いていた。ディランがすっかり子どもを気に入って離そうとしないので、マークに声をかける。


「マーク、今日は食べていく?ていうかいつ帰るの?」

「んー、今日、かな」

「き、今日!?」

「あぁ、オレたちも立て込んでてな、久しぶりに休み取れたから、なまえに会いに来たというわけだ」

「ま、またまたぁー」

「ふ。本当だぞ、なぁディラン?」

「………」

「ディラン…?」


珍しい。二人の言葉のキャッチボールが不発なんて。マークが心配そうにディランのところへ行くのでついていく。するとディランは子どもの耳元で何かを一生懸命囁いていた。


「なにやってるんだ、ディラン」

「オウ!この子に言葉を教えてやってたのさ!」

「また余計なことを…」

「いや、英語を教えてくれるなんて大歓迎だよ!国際的になったかな?」

「なまえがそういうならいいけどな…」


マークは少し困ったように笑った。そのあとで、二人はご飯をちょっと食べて、去っていく。ミソスープ!ミソスープ!とディランが執拗に連呼していたのが忘れられない。


「そういえば、お土産…」


生ものなら早く冷蔵庫にいれないとな、と思って、がさがさと開いてみた。すると中からスルリと薄い、ぺらぺらの布が落ちる。なぁにこれぇと拾ってみて気がついた。


「こ、これ…パン……」


アメリカ名物…でもなんでもない、ただの卑猥な下着ではないか。同時に落ちた手紙を拾ってみたら、「二人目も頑張れよ!」という素晴らしい言葉が贈られていた。怒りなのか、なんなのか、私が震えていると、ふわーという欠伸とともに、子どもが目を覚ました。


「まま!」

「え?あ、あぁ、ご飯ね?ち、ちょっと待っ…」

「ぎんぎん!」

「は?」

「ぎんぎん!」


子どもは嬉しそうにキャッキャッしている。私は何も言えなくなった。帰ってきた幸次郎に、子どもが「ぱぱ!ぎんぎん!」なんていうものだから、彼が卒倒しそうになったのは、いうまでもない。こんどあの二人がきたら、ワサビたっぷりの寿司をご馳走だな、と考えた。

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