さっそくだけど言っておく。 ボクの父さんは、大ばかだ。 「なぁ、ホワイトデーどうする?」 やっぱり、あっと驚かせるようなプレゼントが1番だよな!なんて、ボクに言ってどうするんだよ。ボクにも協力しろっていうのか?そんなことはバカバカしいと、ボクはふいと横を向いた。良かれと提案した父さんが、悲しい顔をしているのはわかるけど、だからなんだって言うんだ。ボクはバカな父さんが嫌いなんだ。ボクは、ボクは…。 「んー、じゃあ父さんは父さんで考えるからな。…相談があったら言うんだぞ」 にこりと幼い笑い顔で、父さんはリビングに戻って行った。ボクは父さんの子供っぽいところも嫌いだから、今日は二回も嫌なものを見せられた気になる。心がいがいがするけれど、父さんの言う通りホワイトデーが近いから、準備をしなければいけない。でも母さんの喜ぶ顔を想像するだけで、そんないがいがも吹き飛ぶんだ。 枕元からブタの貯金箱を取ってきて、耳元で振ると重たい音がした。これは少し前から貯めておいたもの。お手伝いをして貰っていた小遣いだ。 「母さん、喜んでくれるかな…」 母さんの顔を思い浮かべるだけで自然と笑顔になる。ボクは母さんのことが大好きだった。 「なまえ!今日は俺が晩御飯を作るよ!」 「あらほんと、ラッキー」 ホワイトデー当日。父さんは唐突に母さんに言った。それを聞いた母さんは、朝食の準備をしながら上機嫌になる。これは晩御飯を作ってもらうことに対してじゃなくて、父さんが早く帰って来ることに対してだ。ボクはまた胸がいがいがしたので、急いでパンを飲み込んだ。 それにしても、父さんのホワイトデーのお返しは晩御飯を作ってやることだけか。ボクは内心、勝ったと思った。母さんはボクのプレゼントのほうが嬉しいに決まっている。頑張ってお手伝いしたお金で買った、綺麗なネックレス。誰にも負けない自信があった。 「ただいま」 ボクが家に返ると、なんと父さんはすでにいて、夕食の準備をしていた。どうしてだろう。父さんは料理と運転だけは変に上手い。まぁレシピ本を見ているところはみたことがないし、きっとどちらも本能的にしているだけのだろうなと、ボクはいつも呆れている。 「ん、おかえり!」 「…ただいま」 「母さんにご飯作ってるんだ。お前も手伝うか?一緒に母さんにプレゼントしよう」 「いい」 「そんなことを言うな。ほら、ランドセルを置いてこい。待ってるから」 「いいってば!」 父さんが差し出した手を振り払って部屋に戻った。幸いに母さんは出かけていたらしく、心配をかけることもない。ボクはうずくまって息を整え、ちょっとだけ出た、涙も拭いた。 「どうして父さんは…」 母さんに あんなことしたの…? 昔のことを思い出して、少し憂鬱になった。 「うわー!幸次郎やるね!主婦顔負けだよ」 しばらくして、母さんは帰ってきた。そのころにはテーブルの上はご馳走だらけ。流石のボクもびっくりした。 「幸次郎…大変だったでしょ。こんなに手の込んだ料理…」 「そんなことはない。なまえの喜んでくれる顔を思い浮かべればなんのそのだ。これが俺のホワイトデーのお返しだぞ」 「幸次郎…」 ありがとう。そう言って母さんは父さんにキスをした。こどもの前でよくやるよ。ボクはぶくぶくとストローに息を吐いていた。 「あ、そうだ。ついでに」 そこで父さんは思い出したように手を叩いた。母さんがなあにと聞けば、 「形あるものもいるかな、と思ってさ。しばらくプレゼントなんてしてなかったから、佐久間に相談して一緒に選んで貰ったんだ」 そうして父さんが差し出したのは、黄色の宝石が付いたネックレスだった。 「うわ!なんだいこれ!」 「いいだろ?佐久間はルビーの方がいいんじゃないか?って言ってたけどさ。俺は黄色が好きなんだ。中学時代の………、お前と出会った時のユニフォームの色だ」 「だ、だけど…」 「なまえ。俺は値段じゃなくて、思いを見てほしいな。ずっと俺たちが繋がってるんだって事実をさ」 にこりと、父さんは笑った。母さんは潤んだ瞳で父さんを見ている。ボクは、恥ずかしくなって、背中に隠したプレゼントの箱を握り潰した。あれとこれとじゃあ、価値が違いすぎる。こんなこどもの小遣い程度のネックレスは、ただのおもちゃなんだ。それを思い知らされた。 「ん、それはどうしたんだ?」 ボクが震えていると、父さんはプレゼントを握る手に、手を重ねてきた。 「お!もしかして、お前も母さんにプレゼントがあるのか!すごいな!」 「ばっ!」 違う!と否定したかったけれど、母さんが、本当?嬉しいなぁ!と喜んでボクを見るので、しぶしぶ箱を差し出した。 「おや、本格的だね」 「本当だ。小遣い貯めて買ったんだな。偉いぞ!」 ちやほやと二人はするけれど、ボクは恥ずかしくて仕方なかった。今、母さんが付けているネックレスとは天と地ほどの差がある、ただのおもちゃ。いっそ買わなければ良かったと、後悔すらし始めていた。 俯いて、泣きそうになりながら。二人の反応を待つ。でも、先に泣いたのは、ボクじゃなかった。 「なまえ…」 泣いていたのは、母さんと父さんだった。母さんはネックレスを手に取り、口を隠して泣いている。父さんはその母さんの肩を抱き寄せ、同じように。 ボクが驚いていると、母さんはその目でボクを見た。 「お小遣で買ってくれたんだね…。自分の好きなものに使ってくれて良かったのに…」 「で、でも!…父さんのより高くないし…」 「値段なんか問題じゃない。お前のプレゼントってことが、母さんは嬉しいんだ。ありがとう」 母さんはボクのおでこにキスをすると、父さんのネックレスの上に、ボクのネックレスを重ねてつけた。 「お母さんは世界一の幸せ者だな」 微笑みながら胸に手をやる母さんが、とても愛おしかった。 「こんばんは、カオスです」 「……間に合ってます」 玄関口の怪しげな二人組をあしらうように扉を閉めた。それぞれ白と赤の頭をしていて、それぞれなんか爆発している。こんな奴らがまともなヤツなわけがない。ボクが踵を返すと、インターフォンを連打された。 「おい待てやゴルァ!チビ助!」 「おいバーン、よせ。あ、間違えた。おいバカ、よせ」 「ハァ?誰がバカだ!このバカ!」 「お前がバカだ、バカ」 「うるせー!バカって言うほうがバカなんですぅ!」 「ならお前がバカじゃないか、バカ」 「ほらまたバカって言った!バーカバーカ!」 どっちもバカじゃないのか?たぶんこの変人っぷりは母さんの知り合いだなと、ボクはため息を付いて、中へと招き入れた。玄関口でこんな「ば会話」繰り返されたら近所にも迷惑だからだ。 「今、母さんに連絡したら、すぐに戻るって。だから、ここで待ってて。……何も!せずに!ね」 ボクが念を押したら、赤頭が伸ばしていた手を引っ込めた。いったい何をしでかすつもりだったんだ。まったく、油断も隙もない。 「ごほん、少年よ」 「え?……ボク?」 二人ににらみを効かせていたら、いきなり白頭が話し掛けてきてびっくりした。 「あぁそうだ。…すまないが、水を頂けるか。喉が渇いた」 「わかった。あ、ジュースもあるけど…」 「じゃあジュ…」 「あ、コーヒーの方がいい?」 「………じ、じゃあコーヒーで」 明らかにジュースを欲しがっている…。白頭は体裁を気にしすぎではないのか。ボクですら察するほどにコーヒーに大人の憧れをいだく、中二だった。俺ジュースな!ジュース!ジュース!という年齢を気にしなさすぎる赤頭は無視した。 「いやー、悪かったね。思ったより早かったからさぁ…」 しばらくして、母さんは帰ってきた。ボクは助かったとばかりに退散する。 「いやー、バカオスは健在かな?ん?」 という母さんの問い掛けに、健在どころか、絶好調だよ。と言いたくなった。 |