お酒は人をだめにする。と、何処かの誰かが言っていたけれど、幸次郎はまさにそれだった。


「なまえ、今帰った…。寝てる、のか…」


かちゃ…と、静かに扉が開いたことには、本当は気がついていた。だけど、ここで返事をしたらヤツの餌食。私は起きていることを悟られないように、そっと息を殺した。すると彼は残念そうに息を吐き、しゅるりとネクタイを外す。今日はチームの親睦会だったので、スーツで飲んできたらしい。










さて、ここで説明になるが、幸次郎はべらぼうにお酒に弱い。それはもうべらぼうにだ。缶チューハイなら一本、缶ビールなら半分、焼酎なら一口でダウンする。そしてしばらくすると、鬼畜となって復活するのだ。それはどういうことだ?と聞かれれば、私は胸を張って答える。こういうことだ、と。


「なまえ…」


幸次郎の艶っぽい声で名前を呼ばれ、私は体が強張った。くる…!きっとくる…!と思った矢先、体に彼の全体重を感じた。ぐぇぇえ!と、心の中で叫んで、表に出さないようにしたけれど、いつまで持つかわからない。むしろ背広を脱いで、ワイシャツのボタンをいい感じに解いているだろう幸次郎の、荒い吐息だけを首で感じていることに、頭がおかしくなりそうだった。


「なまえ…寒い…」


寒いってあんた、それは外を歩いてきたからであって…なんて、いくら私が頭で考えようと無駄なのだ。彼は寒い…寒い…と呟きながら、何故か足元から潜りこんでくる。素足に幸次郎の頭が当たってこそばゆい。私は私で何を感じているのか、声が出そうになっていた。我ながら情けない。


「なまえも…足…冷たいな…」


そんなことを考えていたら、幸次郎がいらぬ気遣いをしてくれた。冷えた私の足を手に取って、わざわざあっためてくれたのだ。しかも、舌で。


「こんなに冷たくして…俺が隣にいないからか…」


いや知らんし。そんなん知らんし。私の必死な胸中もいざ知らず。彼は舌を使って、ちろちろと丹念に舐めてくれた。たまにかぷりと噛み付くような仕草をするのが、悩ましい。そのたびに歯を食いしばる羽目になった。
しばらくして、ひとしきり舐め終わったらしい幸次郎は北上を始めた。ずる、ずる、と重たい体を引きずるように、私の上を四つん這いで這ってくる。私はこういう妖怪いそうだな。と、変に気を紛らわそうとしていた。










「…なまえ」


私の頭の中が真っ白になったころ。幸次郎の声が耳元で聞こえた。もちろん私は寝たふりだ。起きたらまずいってことは、私の経験上明らか。ぺろぺろと、彼は耳を舐めているが気にしない。さわさわと衣服の中に彼の手を感じるが気にしない。彼は何度も私の唇に唇を重ね、無理矢理に舌を入れてきた。私が苦しむまで塞ぐという行為は普段しないし、これこそが酔っているという確証である。私は寝ている。私は寝ている。私は寝ている。もはやそれは呪文だった。


「なんだ…本当に、寝てるのか…」


お、そろそろ諦めそうだ。私はほっと胸を撫で下ろした。伊達に彼の妻をやっていない。そろそろ彼の酒癖にも慣れて…、


「…ひっ!」


と、思ったが甘かったのだ。幸次郎がふふ、と笑ったのを感じる。しまった…、声を出してしまった。いやでも、今くらいのだったら寝言でごまかせるか?いやでもでも…。パニックだ。私の頭はそれこそ真っ白になっていた。幸次郎は構わずに私の胸にあたるところを触る。私はますます慌てた。いやダメだ、幸次郎。今まで健全にやってきたじゃないか。青少年に悪影響を与えないような物語ばかりだったじゃないか!いま、こんな話でそのジンクスを破るというのか!?やめろ!幸次郎!!今なら間に合う!幸次郎!!!私の頭はぐちゃぐちゃだった。けれど、幸次郎にはそんなこと聞こえやしない。


「なまえ、やっぱり寝るときはノーブラなんだな」


そういって、彼はぺろりと舐める。


「や!そういうシリーズじゃないから、これぇ!」


跳ね起きた私に彼は勝ったと言わんばかりのどや顔で、


「やっぱり起きてた」


と、言ってきた。以下のことは…言葉に、できない。とりあえずベルトで自由を奪うのは痛いからやめてくれ、と言いたい。










「…飲むとサディスティックになる癖ね…。へー…面白いな…」

「なんも面白くない」


私がイライラと氷を掻き交ぜると、風丸はバツが悪そうになだめてきた。


「ま、まぁまぁ。久しぶりに飲みにきてるワケだしな。穏やかにいこうぜ」

「わかってるよ…」


確かに今のは私が悪かった。風丸は、せっかく話を聞いてくれたのに。………はぁ、…なんでこんなんなんだろ。考えていたらだんだん悲しくなってきて、涙がこぼれた。


「おいおい、なまえも昔から変わらないな。泣き上戸はそのままか?」

「…うるさい」

「はは、悪い悪い。しかし、お前の旦那もよく男と二人の飲みを許したな。そろそろ駄目かと思ったよ」

「…別に。風丸は…友達だし…」

「へー、そっか…」


すると風丸はグラスに入ったお酒を全部飲み干して、私に向き直った。私が酔ってぼんやりしているのを気にせずに、肩を抱き寄せて、そっと囁く。


「俺も、酔うと変わるかもよ…」


その言葉にどきりとはしたものの、


「あー、ダークなんとかズになるとか?」


とギャグで返すのが人妻としてのたしなみである。その返しに風丸はそれはやめろよ(笑)とか、黒歴史(笑)とか言って、笑っていたけれど。その瞳の奥に青さを見た。

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