「どうだ、なまえ。毎日、楽しい?」 「楽しいわけあるか」 教室の片隅で、佐久間くんは苦笑した。まぁ落ち着けよなんて言っているが、私にとっては苦笑いどころではない。なぜなら今日は、定期テストの返却日だったのだ。勉強?復習?そんなものをする暇などなかった。したことといえば掃除洗濯料理にお世話…、家事ばかりじゃないか! 「まーまー、俺も勉強なんかしてないって」 ははっと笑いながら私をなだめる佐久間くんだが、そういう人に限ってしていることは知っている。言い訳をするわけではないが、テスト前の期間くらい家に返してくれたって良かったんじゃなかろうか。そういったら鬼道くんは、笑顔で言ったのだ。 「…だ、め、だ、ってさ。どういうつもりなんだって返したら、仕事につかなくても幸次郎が養ってくれるだろうって。ふざけるにも程があるよ」 「はは、鬼道さんらしいじゃないか。…んで?その噂の源田はどうしたんだ?」 きょろきょろと佐久間くんがあたりを見渡す。つられるように見渡したけれど、あの大きな幸次郎の姿が見当たらない。そういえば、トイレに行くと席をたったっきりだ。いくらなんでも遅すぎる。 「あ、れ…、どこ行ったんだろ」 「おいおい、母さん。子どもをほっぽりだしちゃあ駄目だろ?」 「誰が母さんだっ!」 「………なまえ」 佐久間くんに向かって腕を振りかざすと、聞き覚えのある情けない声が聞こえた。振り返るとそこには、予想通り幸次郎の姿。安心したのもつかの間、幸次郎は苦しそうに口元に手を当てて一言だけいった。 「き、気持ち悪い…」 「…は」 一瞬停止する思考。それは佐久間くんも同様だったようで、笑顔のまま停止している。 「うっ…」 「まてまてまてまてまて!さっ、佐久間くん!幸次郎を背負って!」 「は?俺?む、無理だ!源田を担ぐなんて…」 「できないことなんてない!」 「なまえ…っ。わ、わかった!やってみる!」 数秒後、教室には佐久間くんのにぎゃーっという叫び声がこだました。問題の幸次郎はしばらく大人しくしていたら波が去ったようで、佐久間くんを押し潰しながらキョトンと、 「なにやってるんだ、佐久間。新しい遊びか?」 そう言って笑った。 「俺、駄目なんだ。テストとか、緊張してさ」 「頭が良いくせに、何をいいだすのかな」 くるくると目を回す佐久間くんを保健室に連れていき(幸次郎は佐久間くんを軽々と担いだ)、彼が眠るベッドの隣で幸次郎と向かい合った。私は保健室にあった丸椅子に、幸次郎は佐久間くんが眠るベッドに腰掛ける。 「頭が良いわけではない。テストが出来るだけでな」 「なんだそりゃ。厭味かい?」 「違う違う。帝国のテストってマークシートだろ?だから鉛筆転がせば、結構当たるんだよな」 「は、はぁ?どんな確率だと思ってるのそれ」 「んー、なんでだろうな。昔っからなんだ、こういうの」 「流石だよ、幸次郎。…ん?でも国語は?国語は書き取りがあるから、筆記テストだったよね」 「うぐ…っ」 「うわっ!」 バケツバケツと探してきて渡すと、大丈夫と手で制された。 「う…だから駄目なんだ…返却日が…。国語が壊滅的でな…。今でもすぐに…腹に…くる…」 「お腹に、ねぇ…」 「あぁ、きりきりきりーってな」 そんな擬音語を囁く幸次郎が少し可愛くて、はははと笑うと保健室の扉がガラッと開いた。 「源田ァ!センコーからテスト預かってきたぜ!しかも国語!なんだこの点数!」 「辺見くん!」 「うぇ…」 「ぎゃああああああ!源田ぁあ!」 家に帰ると、嵐が去ったように静かだった。佐久間くんも幸次郎も無事に回復し(ついでにいうと辺見くんも)、元気に部活に参加していたし。このことを初鳥くんに相談したら、翌日ポストに手紙が入っていて。 なまえ殿へ 我が校伝統の漢方でござる。お大事に。 という手紙と共に、朝鮮人参みたいな形の怪しげな根っこが入っていた。それをそっと食事に入れる自分が暗殺者みたいだなぁなんて思った。 |