「うわ」


急な閃光に目を細める。鋭い光が射した窓の外は昼間にしては薄暗く、どよどよと淀んでいた。加えて、たたき付けるような豪雨に、なにもかもを吹き飛ばしてしまいそうな暴風。極めつけは空を割るような稲妻と、それに伴う爆音だ。まぁ外にいれば恐ろしかっただろう光景だけれど、家の中にいる私にとっては非日常の面白さを楽しむだけのものだった。


「おっ、また光った…」

「ちょ、ま、なまえっ!」

「わっ!なにさ、こう…」


紡ぎかけた言の葉を、煩いほどの轟音が遮った。息を切らせて部屋に飛び込んできた幸次郎は、俯せになりながら両手を使って耳を塞いでいる。ぎゅっと目をつむり、顔を青ざめさせている様子は、見た感じ普通の状態だとは思えなかった。


「な、なに?気分でも悪いの?」


そっと近づいて、肩に手を置く。すると彼は渾身の力で抱き着いてきた。支えきれなくて、尻餅をついてしまう勢い。それを助長するかのような、あの力だ。背骨がいったかと思った。


「い、いたい…」


私の胸のあたりに顔を埋め、背中に腕を回す彼。触れて気がついた。熊みたいに大きな身体が、小動物のように小さく震えている。よく見れば、こめかみに冷や汗までかいていた。


「なっ、」

「…なまえ…おっ、俺…だ、駄目なんだ…」

「なにが駄目なの?」

「…か、かか、雷…が…」


…ある程度予想はしていたけれど、まさかここまでとは思ってもみなかった。苦手とか嫌いとか、そういった話ではない。もはや雷は彼にとって、恐怖に近いらしい。気持ち悪そうに嗚咽を繰り返していているのを見て、心底そう思った。


「だ、大丈夫?」


彼はふるふると頭を振って否定を表す。その反動でより胸部に顔を押し付けられたけれど、恥ずかしい以上に彼が心配だった。それに、一つ気になることがある。さきほどから胸に感じる、湿った感覚。もしかして彼は、


「な、泣いてる…?」


すでに彼にはプライドもへったくれもないらしい。ばれたならもうどうでもいいとばかりに聞こる情けない声。もうだめだ、もうだめだ、こわい、もうだめだ、もうだめだ、もうだめだ。くらいの頻度で、同じワードを繰り返す。なんだかもう、やばいのではと感じた。


「よ、よし、幸次郎。部屋に行って落ち着こうか。ほら、連れて行くから…」


ぽんぽんと頭を叩いて促すと、彼はゆっくりと顔を離して立ち上がった。けれど手は私から離そうとしない。汗ばんだ冷たい手の平がかわいそうだと感じ、強く握ればより強く握られる。恋人どうしならどきりとする一幕だが、私は手の骨が砕かれないことを祈るばかりだった。





「はいはい、着きましたー。…ってうわぁ、なにこれ」


無事に着いた彼の部屋は、カーテンを閉めきり、真っ暗と言ってもよいほどで。乱れたベッドをみた感じ、どのように彼が雷を乗り切ろうとしたのかが、手に取るようにわかった。


「あのねぇ、苦手なら明るい部屋でテレビでも点けていたらいいじゃないか。暗い部屋で大人しくなんて、余計雷が眩しいし煩いだろう?」


ため息と共に電気をつけて、テレビの音量を高くする。


「ほら、ごらんよ」


煌々と照明がつく部屋を見て、彼は驚いたように目を真ん丸にした。テレビが少し煩いけれど、雷の音がよく隠れている。彼はまたたくまに表情を和らげて、いつもの笑顔で私を見た。


「なまえ、ありがとう!これで俺、寝られるよ!」


すぐ元気を取り戻すあたり、単純だなぁと口には出さずに思い、笑う。翌日、私が起きるとやはり彼はいなかった。キッチンに放置していた携帯を見たら、鬼道と佐久間と辺見と成神と…とにかく帝国のみんなからメールが来ていて。


源田は雷苦手だから、気をつけろよwww


草を生やすな、草を。明らかに楽しんでいるのだろう彼らのメール。あまりに腹がたったので、カチカチと読み飛ばしていった。そしたら亜風炉照美からのメールも来ていることに気がつく。珍しいなぁなんて、ポチリと押した。


こんばんは…。ふふふ、お腹を出して寝てはいないかな?人間たちはお腹を出して寝ると、雷さまにおへそを取られてしまうらしいね。じつに弱い生き物だ。けれど安心しておくれよ。君のおへそが奪われたときは、僕が神の名を持って取り戻してきてあげるからね。あいしてる。それじゃあよい眠りを。君の心のエンジェル、てるみより。


心底どうでもいい長文メールだなぁと思った。ぷつぷつと鳥肌がたったので、


あ、そう。


と返信して削除した。

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