「なまえ…、その…」 「はい?」 「ち、ちちち…」 「…ち?」 「ち、チョコとか、すっ、好きか…?」 「え?なんて?」 幸次郎は下唇を噛み、顔を真っ赤にして、もじもじと(というよりは、てれてれと言ったところか)近付いてくる。それで頑張って話してくれるのはよいけれど、ぜんっぜん聞こえやしない。逆に、聞こえない部分が、なんだか物凄く興味をそそる。 「ごめん、聞こえなかった。もう一度いってくれないかな」 「…い、いや、いい。なんでもない」 結局、彼は何かを言うのを諦めてしまった。私も気になりはしたけれど、本人が嫌ならば無理に聞くのもなぁと思い、止める。 「あ、あの、な、」 「うん」 「…く、くまさんと、どっちがいい?」 「う、うん?」 またも聞こえなかった。聞こえないというよりは、聞こえないようにしていると言った方が妥当か。 このままではらちがあかないので、私は彼の顔を両手で挟み、前を向かせた。 「もう一回、」 「………」 「言ってくれないと、」 すると彼は、かーっと真っ赤になる。それはもはや、恥ずかしさで死ねるレベルだ。熱を持って、涙目になって。泣き出すんじゃないかと思った。 「こ、幸次郎!?」 「なまえ、その、ああああ、あのな。こ、このチョコ、作ったんだ。き、今日ってほら、な、あれだろ?だから…その、美味しく無いかもしれないけど…、つ、作ったんだ…。これ、なんだけど…」 彼はそっと背中から、包みを取り出した。くまの絵柄が描かれたそれは、不格好に包まれていて。中身のチョコなんかは、それ以上に不格好だった。 「これ、幸次郎が…?」 「あ、あぁ…。き、昨日、鬼道と佐久間と…作った」 「へぇ…」 「………か、格好悪いだろ?形も色もイマイチだし。食べたくないなら、食べなくても…」 「………」 「なまえ…?」 「…いや、凄いじゃないか!この前、包丁を握ったと思ったのに!幸次郎、やれば出来るじゃん!」 なでなでと優しく撫でてあげれば、彼は気持ち良さそうに目を細めた。私自身、本当に嬉しくて、貰ったチョコを抱きしめる。お返しにと、準備していたチョコレートケーキを取り出していたら、幸次郎が言った。 「俺、お菓子作り、好きになったよ」 にこりと笑う彼の、乙女な才能が開花したなあと、しみじみ思った。 「なまえっ、ほら団子だっ!」 「ぐええー、ちょ、刺さってる刺さってる!」 急に窓から現れた霧隠くんは、私の頬にみたらし団子をこれでもかというほどめり込ませてきた。痛いし、ぬるぬるするしでどうしようかと思っていたら、彼はすっと団子を離す。その視線は幸次郎からもらったお菓子に向かっていた。 「………なまえ。その甘味、誰から貰ったんだよ」 「あ、これ?…へっへん、実は幸次郎なのです」 「なに!?あ、あのデカブツだと!?」 霧隠くんはたいそう驚いて、部屋の中に転がりこんできた。クッションにもふっとぶつかると、何事もなかったように立ち上がる。 「………なら、」 「ん?」 「俺からは要らねぇよな。…騒がせて悪かった」 「え、ちょっと!」 なにを勘違いしているのだろう。窓に向かう彼を引き止めて、その手の団子を奪った。そしてかわりに作っておいた、小さなチョコの包みを持たせる。 「ありがとう、霧隠くん。これさ、その、美味しくないかもしれないけど。よかったら食べて?」 「………い、いいのか?」 こくりと頷くと、彼はぱぁっと明るくなった。よかったと安心するのもつかの間、我が家のポストを見ると、たくさんお菓子が入っていて。そんなお菓子に埋もれる中、幸次郎のチョコレートはしょっぱかった。 |