「なぁなまえ、」 「ん?」 「俺の髪、変じゃないか?」 うん、髪型的に言ったら超次元過ぎるよね。と思ったけれど、どうやら違うらしい。いつもの髪型でありながら、その角度が気に入らないようなのだ。 「私からみたら、おんなじだけどな」 「そ、そうか…?前髪の形、変じゃないか?」 「いーや?」 「そうか…」 口では納得したそぶりを見せたが、どうやら頭は納得していないようで。そうかそうかと呟きながらも、鏡を見て一生懸命に直していた。頭の使いどころがなー、と呆れ半分で私はそれを見ていたわけだけれど、そもそもその髪型から直すべきなんじゃないのかと思った。数十分後、再び見にきてみると、いまだに鏡を見ている幸次郎がいて。 「うーんうーん…、」 (ま、まだやってる…) 「うーん、うん?…そうか、わかった。いつもより1センチ、目にかかってる!」 「………」 呆れてものも言えなかった。そして彼は肝心なところに頭を使わないで、変なところに頭を使うんだなぁ。そう核心した。 この前だってそうだ。私が買い物から帰ってくると、彼が玄関の前に座っていた。その日は大降りの雨で、道行く人なんていなかったというのに。 「幸次郎…?」 「なまえ…?」 「何してるの、こんなところで。風邪引くから、あがりなよ」 「なまえ…会いたかった…」 「えっ…」 「すごく会いたかった」 ぎゅうと、幸次郎は抱き着いてきた。急なことに私の頭の中はぎゃあああああ!の一言でいっぱいいっぱい。しかし幸次郎は、それ以上にいっぱいいっぱいな顔をしていた。 「こっ、幸次郎…?」 「頭…、痛い…」 頭を押さえて苦しそうな表情。身体もなんだか熱いような気がする。ハッとして額と額を合わせてみると、思った通り熱かった。 「うわ!熱があるじゃないか!いわんこっちゃない、風邪だよ」 「うーん、違うと思う…」 はは、と幸次郎は笑った。聞けば、家の鍵を家に忘れてしまって入れなかったこと。それでドアを開ける方法を必死で考えたことを話した。 「この前映画でピンを使って開けてたからな。開けてみようかなーって思ったんだけど、ピン自体がなくてさ。仕方ないから、ドアを蹴破ろうとか思ったんだけど、ドアがなくなったら寒いだろ?だからダメかなって。最終手段で爆発させようかなって考えたんだ」 「ば、爆発!?」 「あぁ、それで作ったんだ。辺見に教えて貰った、爆弾を…」 「えっ、逮捕?幸次郎、逮捕されるの?」 「大丈夫だ、コーラ爆弾だからな」 コーラ爆弾。それはコーラなどの炭酸飲料にラムネなど(メントスなんかが有名だろう)をいれるとなんだか知らないけれど凄い勢いで噴き出すといったものだ。そんなんで家のドアが吹っ飛んだらたまったもんじゃない。幸次郎も途中で気がついて、止めたと言った。 「そこにあるコーラ、開けると爆発するからな」 「えぇ…、なんてものを作ったんだよ」 「うん、記憶を遡って、頑張って作ったんだ。凄いだろう?脳の使ってないところを使ったって感じだ」 ははは、と朗らかに幸次郎は笑う。きっと、さっきの熱はそれによるものだと言いたいのだろう。それならいいけど、とは思うものの、熱はあるのだから休んでもらうことに越したことはない。私は幸次郎に布団を掛けた。 「今、ご飯作ってくるから大人しくしててよね」 「あぁ」 ぽんぽんと布団を叩いて立ち上がる。部屋のドアに手をかけたあたりで、幸次郎があー喉が渇いたな、と呟いたのが聞こえた。その瞬間、閃光が頭を駆け巡る。 「ま、まさかっ!」 急いで振り向いたけれど、遅かった。顔に冷たい何かが当たった気配がして、次に目に入った幸次郎の手にはしっかりと開封済みのコーラが握られていた。 「あ、俺、炭酸飲めないんだった」 その言葉が、私を現実に引き戻す。天井までに飛び散ったコーラ処理は、今でも思い出すだけでぞっとする。ある意味今までで一番(精神的に)辛かった。 「ほら、これでどうだい?」 ワックスで彼の髪を固めてやると、始めは重たい重たいと騒いでいた幸次郎も納得したように鏡から離れた。 「まったく。髪の毛くらい、いいじゃないか」 「いや、目にかかってると、ボールが見えないだろ?それに、」 「それに?」 「なまえの顔が見えないのも嫌だ」 …本当に、君は頭の使い方が悪い。そんなことを考えるくらいなら、もっと別なことを考えればいいのに。そう言ったら、なまえ、顔が真っ赤だぞと笑われた。 「その幸次郎ってやつ、集中力が散漫なんだべ」 「はぁ…」 「んだから、なんでもかんでも考える前に実行してしまうんだ」 千羽山の大鯉くんは腕を組みながら言った。確かになぁと私は思い、どうしたら集中力があがるかなぁと聞いてみた。 「んだなぁ…まんず、滝さ打たれてみろ?集中力あがっから」 「滝…」 「んだ。したらば、俺と一緒に打たれてみっかぁ?なかなか、おもしゃいぞ」 いや、面白くはないと思うけど。大鯉くんはにっこりと笑うけれど、幸次郎が滝に打たれる姿なんて、様になりすぎて怖い。というか、なんだか帰って来なくなるような気がする。野性に目覚めるというか…。よくわからない不安に、大鯉くんの申し出を断ると、彼はつまらなそうにしゅんとした。 「あーっと、本当にごめんね…」 「いや、いいんだ。なまえがあやまっごとねぇ。かわりに、たまに遊びに来てけろ?皆、ヒマしてっからよ」 「うん、もちろん」 「ありがとな。また、遊びにくっから」 少し手を振ると、彼は帰っていった。向かっていったのが山の中なので、私は何処に帰るんだろうと疑問でしょうがなかった。 |