「なまえ」 「…ん?」 「何か手伝わせてくれ」 「ま、またぁー?」 この前のおつかいは、一人で出来なかったから、今度こそやるんだと、彼は意気込んだ。私は二度あることは、三度あるんだよなぁと思いながらも、彼の意思を止める術を知らなくて。 「わ、わかった…」 三度目の地雷を、自らの手でセットしてしまった。 「じゃ、じゃあまず、掃除機でもかけてもらおうかな」 「あぁ」 「使い方わかる?」 「いつも見てるから、大丈夫だ」 幸次郎は自信ありげに拳を握る。私もこれなら(電子レンジの時のように)爆発する心配はないだろうと、すこし目を離そうとした。 「じゃあ、あとよろしくね。こうじ…うわぁ」 「なまえ。か、か、絡まった…」 なんだこれは、コントか何かか。目を離したのは一瞬なのに、すでに幸次郎は掃除機のコードに足を絡ませていた。私が振り返るまでの少ない間に、どうしてこんなに面白いことが出来るのかわからない。私が呆れ返っていると、幸次郎は動こうとしてびたーんと顔面を強打していた。 「つ、次いこうか、次…」 「なら、次は洗濯機だ」 「よし、これなら出来る」 幸次郎はまたもぐっと拳を握った。私はなんだか嫌な予感がしながら、はいどうぞと洗剤を渡す。 「まぁこの量ならこれくらいかな」 洗濯物の量を見て、彼に指示をした。そしたら彼はわかったと言ったのにも関わらず、 「あ、」 「あ…」 全部を投入した。 「な、なんてことを!え?な?えぇ?どうし………えぇ!?」 「手が滑ったんだ。ど、どうすれば…」 「わからない!どうしようもないよこれ!」 「………じ、じゃあ洗濯するな」 「だめー―――っ!」 幸次郎は蓋を開けたまま、スタートボタンを押そうとした。最近のは蓋を閉めないと動かないという洗濯機もあるが、残念ながらこれは古い型。このまま洗濯なんかしたらどうなるか、目に見えている。私は彼をぐいぐいと押し、洗濯機から遠ざけた。 「もう、いいから。あとは大丈夫。私がするから君はトレーニングでもしていて」 「………」 「そんな顔しないでよ。君は電化製品と相性が悪いんだ。そこは割り切らないと…」 「…そ、うか」 ああもう、そんな捨てられた子犬みたいな目をしないでよ。私はなんとも言えない気持ちになり、幸次郎の腕を引っ張ってキッチンへ連れて行った。 「………なまえ?」 「…仕方がないから、料理の仕方を教えてあげるよ。これから必要になるかもしれないだろう?こっちに慣れてきたら、少しずつ機械も慣れていこう?…幸次郎ならできるよ」 「…なまえ、」 「まずは包丁を使ってみようか。ほら、これをこう持って…」 「あぁ!」 幸次郎は一瞬にして顔を輝かせた。私の手から包丁を受け取ると、私の真似をして握ってみせる。 「そうそう、上手。…あれ?幸次郎さ、左利きだっけ?」 「………間違えた」 そんなこんながありながら、彼は綺麗にキュウリを切った。初めて一人で切れたときの表情は、私には眩しいほどだった。 「おい、お前!帝国ゴールキーパーの保護者だろ!」 「えぇ、まぁ。………ってなんでやねん」 それから数日後、下手なノリツッコミをしてしまうほどの剣幕で、御影の迫くんは怒鳴り込んできた。彼の表情は、冷静な御影の生徒にあるまじきほどのもので。流石の私も驚いた。 「お前、帝国1番を止めろ!」 「え…?よ、良く意味が…」 「あいつは俺の担当してる作物を、ごっそり買っていくんだよ!」 「あれ、だったらいいじゃない。結局、スーパーとかに卸すんじゃないの?」 「それはそうだが、俺にもプライドってものがある!まだ未成熟の作物を収穫しなければいけないこの屈辱…、お前にはわからないんだよ!」 勢い余ったのか、彼は私の胸倉を掴んできた。うわ、と思ったのもつかの間、バランスを崩してどてっと倒れる。 「いった…」 打ち付けた腰をさすりながら、迫くんをみてぎょっとした。彼は苦しそうにうなだれて(まさにorzの状態だった)、涙を湛えているではないか。 「せ、迫くん!?」 「う、うぅ…、キュウ一郎…」 「えっ…?」 「キュウ二郎…キュウ三郎…」 「ま、まさか…」 流石、農業専攻の生徒だけあった。まさか作物一つ一つに名前を付けているとは。あんまり可哀相だったから、キュウリ全部美味しかったよと、昨日作った漬物を渡した。すると彼は嬉しそうに、大事にしてくれたんだな!と笑って帰っていく。幸次郎はそんな事件は露知らず、キュウリを薄く切れるまでに上達していた。 |