「なまえ、俺に出来ることはあるか?」 「うっわ。なんだい急に」 「それがな、今日、佐久間にな…」 少し照れ臭そうに、幸次郎は話し出した。どうやら佐久間くんに、お前も少しは協力しろよと諭されたらしい。前例もあることだし、私としてはあんまり乗り気とはいえないのが本音である。…けれど、幸次郎のやる気の芽を潰すという方が、酷というものではないだろうか。きっとこれは転換期というやつ。私は躊躇いながらも頷いた。 「…わかった、そこまで言うのなら任せてみようか」 「本当か?よ、よし…なんでも言ってくれ」 「あ、えーっと…、じゃあ…」 「じゃ、いってくるな!」 「あ、待って!もう一度だけ確認してから!…まず、お財布は?」 「………ある」 「よし。じゃあ、携帯は?」 「……持った」 「よしよし、最後に。君は何を買って来るんだっけ?」 「それなら分かる。えー……………っと、あれ?………………なんだ、っけ…?」 「………」 「あっ!思い出した、乳牛だ!」 「違う!牛乳!」 まったく、そんなものを買って、牧場でも経営する気なのだろうかこの子は。不安でいっぱいいっぱいになりながらも、揚々と出掛けて行く幸次郎を見送った。けれどやはり、一人で向かわせるのは心配(というか、危険)すぎる。すぐさま私も追いかけた。 「な、なんで逆方向へ…」 さっそく幸次郎はしでかした。家を出たと思ったら、近くのスーパーとは逆方向に向かっている。いや、なにか考えがあるのかもしれない。私の知らない道があるとか…。疑問に思いながらも後をつけて行くと、約30分歩いたあと、ふと幸次郎が足を止めた。 「…うん?」 唸りながら辺りを見回し、首を傾げて言う。 「あれ、ここ何処だ?」 …あぁ。私はずっこけそうになるのを抑え、はらはらしながら見つめた。いったい彼はこれからどうするつもりなのだろう。よくない考えばかり浮かぶ。 「…うーん、なまえに電話しないとダメかな」 そうそう、その通り。マニュアル通りの彼の行動に、私は携帯をいつでもこいとばかりに構えた。けれどしばらくしても、幸次郎は電話をかけない。なぜだか携帯電話を見つめ、考え込んでいるようだ。どうして?困ったらすぐに電話をするように言ったはずなのに。数分後、幸次郎はボタンに指をかけ、通話待ちの体勢をとった。 ぴるるるる 「あ、あれ…?」 やっと彼から着信があった。一体今の間はなんだったのかと、慌てて電話を取ると、なんとまぁ、情けない声が聞こえてきた。 「なまえ…」 「あ、幸次郎?…ど、どんな感じかな?」 「…ダメだ」 「え?」 「も、ダメだぁ…迷ったんだ…。帰れない、助けてくれ…頼む…」 うぅっ…という、ぐずり声と共に彼は言った。そうかさっきの間はあれか。不安で泣き出しそうになったのを、必死で止めていたんだね。ふと彼の姿を見てみたけれど、見た感じは男泣きだ。カッコイイといえば、カッコイイ。しかし聞けばこれである。道行く女の子たちはきゃあきゃあ言っているが、是非ともこれを聞いてほしいところだ。私はちょっと間を置いて、幸次郎の元へ駆け寄った。 「あー、なまえお姉ちゃんだー」 「あ、まこちゃん。こんにちは、サッカー頑張ってる?」 「うん、頑張ってる!…わぁ、くまさんだ!」 「えっ、これ?ちっ違うの、まこちゃん。彼は…」 「わかった、かれしね!」 「…は?」 「おかーさぁん!なまえお姉ちゃんがぁ、かれし連れて来たぁ!」 あんまり大きい声でまこちゃんが言うものだから、なんだなんだ?と商店街中がざわめいた。私は恥ずかしくて恥ずかしくて、かぁーっと赤くなって。幸次郎は特に気にしていない様子で、物珍しげに品物を眺めていた。 「あら、なまえもやるわね。彼を商店街に連れて来るなんて」 「サリーさん…。あ、あのですね、彼は違うんです。彼は…」 「違うのなら、どうして手なんか繋いじゃってるのよ」 「こ、これは!」 どうしよう。誤解が広まっている。これは手を繋いでいないと、彼がすぐに迷子になってしまうんだなんて言えない状況だ。まこちゃんが祈るように指を組んで、 「すてき…」 と呟いたのを聞いたら、いたたまれなくなって。走って逃げた。 「どうした、なまえ。何も買わないのか?」 「ううう、うるさい!」 「…走るのなら、俺が走ろうか?」 そうして幸次郎はひょいと私を持ち上げて走り出した。お姫様のように扱ってくれるのは嬉しいが、どうも私は柄じゃない。 「お、お、降ろしてぇー―――!」 またも商店街がざわめいた。 |