「ただいまー」


時計を見れば、午後8時。今日の彼は部活で遅くなったらしい。疲れているのか、普段よりも語尾を伸ばした声が玄関から聞こえてきた。


「おかえり、幸次郎」


私はいつものように次に来るであろう衝撃に目をつむって構えたが、いくら待っても襲ってくる気配がない。いつもの彼なら帰ってくるなり飛びついてきて、晩御飯をせがむのに。心配になってきて、たかたかと玄関へと向かった。


「幸次郎、どうしうわぁ…」


向かった先の光景に、あまりのショックで言葉を失う。なぜだろう。彼はこの寒空の中、全身水浸しだったのだ。


「ど、どういうつもりかな?」

「んー、ほら、なまえ。かわいかったから、摘んできたぞ」


幸次郎は照れ照れといった表情で、小さな草花を差し出した。どこにでもあるような、見たことのある花。彼はそれを目にとめ、わざわざ摘んできたらしい。


「わ、わお、ありがとう。でもそれだと答えにならないな…。どうして濡れてるの?」

「…それがな。花を摘んでたら、落ちたんだ」

「…ど、どこに?」

「川に、ちょっとな」


ちょっともそっともあるものか。幸次郎はにこりと笑って、続けてくしゃみをした。私はその動作にハッとして、とりあえずお風呂場に押し込んでやらなければと、幸次郎の手を取る。


「…うわ、冷たい!あーもう、ほら、風邪を引く前にお風呂だ」

「ん、わかった。…あ、だったらついでに頭を洗ってくれないか?痒いところに手が届かなくてな…」

「なんで一緒に入る気でいるのさ!」


ぺちっと頭を叩いて、戒めた。けれど幸次郎は全然こたえていない様子で言うのだ。


「そういえばな、その花の中のそれ、葉っぱ四つついてるやつ」

「ん?これ?…これがどうしたの?」

「…なんて葉っぱか、知ってるか?」

「そりゃあ、知ってるよ…。クローバーだろう?」


そう答えると、満足したように幸次郎は笑った。それを取るために河川敷をおりたら滑ってな。気がついたら水の中だったよ、なんて。笑いながら幸次郎は言うわけだけど、そこまでして取る意味なんてあったのだろうか。確かに草花は綺麗で可愛いけれど、君に風邪をひかれるほうが困るんだよと伝えれば、少し反省したようで、お風呂の水をぶくぶくと鳴らしていた。










「ねぇ、聞いてくれないかな」

「どうしたの?」

「幸次郎ってば、クローバーなんかプレゼントしてくれたんだよ。可愛いよね」

「へぇ、クローバーか…。確かに考えることが可愛いかもね」


一之瀬くんは、ハハハと爽やかに笑うと、あっと思い出したような顔をした。


「そういえばなまえは、花言葉って知ってる?」

「…知ってるけど、クローバーのなんて知らないな」

「教えてあげるよ。アメリカではね、四つ葉のクローバーは私のものになって、っていう意味があるんだ」

「へ、へぇー…」

「あとは、私を想ってくださいとかね。もしかして、帝国のゴールキーパーさんは、なまえのことがす…」

「あーあーあーあー!聞こえないな!」

「はは、なまえは恥ずかしがり屋さんだなー」


一之瀬くんは朗らかに笑うと、ぽむぽむと頭を撫でてきた。幸次郎が花言葉なんていう、ロマン溢れるものを知っているとは思えないけれど。私のものになってなんて彼に言われたら、確かに恥ずかしいかなぁと思った。そんなクローバーは押し花にして、大切に飾っておいた。


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