「なまえの分の靴下も用意したからな。俺が青で、なまえが赤。お揃いだぞ」 「…あっはっは。靴下の割には、大きいなぁ」 意気揚々と幸次郎がその手に掲げているのは、約三十センチほどの靴下だった。確かに靴下の形はしているが、靴下としての実用性は薄そうである。しかも片方ずつしか無いじゃないか。そう指摘したら、幸次郎は目をまんまるにした。 「なまえ、知らないのか?」 「うーん、ものすごーく嫌な予感がするけれど、何のことだい?」 「ほ、本当に知らないのか!?サンタのこと!」 「………うわーでたよもう」 あぁぁぁぁと頭を抱えてしまった。本当になんなのこの人は。中学生とかそういう設定は彼には通じないというの。じわりと滲んだ涙を振り切り、幸次郎の手を取る。そうして言った、一言は。 「サンタさんには何を頼んだの!」 なぜだろうか。私は使命感に燃えた。彼の夢を叶えなければならないと、彼の保護者としてやらなければならないと、そう思ったのだ。 「でさ、佐久間くん。幸次郎の欲しいもの知らないかな」 「…知るかよ。プロテインとか筋肉とか、そういうんじゃね?」 「あぁそうか、なるほど。ありがとう」 「どういたし…えっ、えぇ!?いいのか今ので!」 佐久間くんは自分で言っておきながら、驚いていた。どーして本人に聞かないんだよと、突っ込まれたけれど、本人に聞いたら「ないしょだ」と言われてしまったのだから仕方がないだろう。 「内緒ォ?…源田にしては珍しいな」 「そうだろう?よく分からないから、とりあえず君の意見を参考にしてみるよ」 「あ、そ、そうか。…頑張れ」 佐久間くんは引き攣った笑いを浮かべながら手を振った。結論的に、私はプロテインを買ってきたわけだけど(ラッピングで、と言ったら、店員さんに凄い顔をされた)。これでも頑張って考えたのだから、欲しかったものじゃなくても許してくれよ、幸次郎。祈るような思いで、慎重に深夜の幸次郎の部屋に入った。 「しっつれいしまー…す」 当然、返事はない。安心して枕元へ突き進んだ。このまま任務を遂行して、何もなきまま眠りにつこう。そんな期待を背負いながら、もう少しで幸次郎の元へ着くというところで、事件は起こった。…そう、私が何かのコードにつまづいてしまったのだ。宙に浮く身体。焦る脳。 「あ、あぶなっ…!」 暗い部屋で油断をしたのが命取りとなったのか、そのまま幸次郎が眠るベッドへダイブしてしまった。なんというか、おわたのだ。もちろん目を覚ます幸次郎。そんな彼と目が合って、泣きたくなった。 「お、おおお、おはよう、幸次郎…!」 「………」 「あ、あのー、えっと…、」 「…サンタ?」 「は?」 「サンタが来てくれたんだな!」 始めは私をサンタだと勘違いしたのかと思った。しかしどうやら違うらしい。彼がひっしと私を抱きしめたからだ。 「ちょ…」 「ほらな、なまえ。サンタはいるんだよ。欲しかったプレゼントをくれたじゃないか」 「えっ、う、うん。そうだね?」 一瞬、プロテインのことかなと、差し出そうと思ったけれど、転んだ時にどこかへ放り投げてしまったらしい。それなのに幸次郎はプレゼントと言った。まさか、これは。 「サンタにはなまえが欲しいって頼んだんだ。だから今晩だけは、なまえは俺のものだよな」 「な、なにを…」 「なまえ、いいクリスマスを」 「え?あ、はい。幸次郎も…」 その日、初めて彼にキスをされた。 「風丸くん、保護者が子供に感じる愛ってさ。恋愛とは違うよね…」 翌日、河川敷で偶然出くわした風丸くんに聞いてみたら、どうした急に、と返された。 「や、別に…」 「うん。…そうだな。俺はまるっきり違うとは思わないかな。…愛ってことには違いないんじゃないか?」 「…そう思う?」 「ああ思うよ。家族愛っていう、れっきとしたものだってな」 風丸くんはにこりと笑った。だけど私は、違うと思う。そう思わないと、幸次郎との関係が崩れてしまうもの。きっと彼は恋愛と家族愛を履き違えている。だからきっと何処か盲目になってしまっているんだ。…なんて、考えれば考えるほど虚しくなって。昨晩の温もりが胸に焼き付いて離れようとしない。私はどうするべきなのだろう。聖なる夜は、少しだけ何かが変わろうとしていた。私の靴下には、何も入ってはいなかった。 |