「なまえ、これ食べるか?」 「わ、なにそれ」 欲しい欲しいと言えば、なら良かったとばかりに幸次郎は笑う。そんな彼の手には愛らしい箱が乗っていて、きっちりと結ばれたリボンが乙女心を(なんて言ってみたり)くすぐった。 「へぇー、こんなパッケージ見たことがないなぁ。どこで買ってきたの?」 「んー、なんか女子に貰った」 「は、」 「クッキーだ、って言ってた。俺は要らないから、食べてくれ」 「な、そんな、も、貰えるわけがないでしょう!?」 受け取りかけたそれを突き返す。幸次郎は不思議そうに目をぱちくりさせ、小首を傾げた。なぜだ?と言わんばかりのその顔。正直、まいる。 「あのねぇ…、女の子の気持ちも考えてみなさい。あなたの為に作ってきたんでしょう?お返しとか、感想とか、そういうの要らないの?」 「んー………、分からないな。…いる、のか?」 「…嘘、でしょ」 ばつが悪そうに頭をかく幸次郎。気がつけば私は、ぺいっと彼をひっぱたいていた。驚いた表情の彼は、少し涙目になってこちらを見る。私にひっぱたかれるなんて、初めての事だからだ。 「ど、どうし…」 「悪いけれど、今回のことは許せないな」 そう吐き捨て、私は部屋に向かって歩き出した。まさか幸次郎がこんな人だなんて思わなかった。たとえ何も出来なくたって、失敗したって、心だけは優しい人だと思っていたのに。 「ま、待て!」 「…うっ、わ!」 幸次郎がぐいと、私の腕を引いた。力ずくだったのか、腕が外れるかと思うほどの威力。抗うことすら躊躇われた。 「…い、いてて」 「わ、わるい…」 「…そう思うのなら、さっきのこと、考えてみてよ」 そう諭すと、幸次郎は目に見えてうなだれた。俯いて、言うか言うまいか、悩んでいるようにも見える。 「おっ、俺…」 「うん」 「その…、実はな…」 「うん」 「女子がな…、なんか、苦手、みたい、なんだ…」 「うん?」 ちらちらと上目使いでこちらの様子をうかがっている幸次郎だが、私の返答にびくりと身を強張らせた。言い訳をするように、焦って付け足す。 「あ、あのな!俺、その…鼻がいいだろ?だっ、だからな、その…、どうも女子のな、甘い匂いが苦手なんだ。…こっ香水とか、付けるだろ?それ、が、なんかな…、駄目なんだ…」 「…そう、なの?」 「あぁ。だからそのお菓子も、匂いがして、食べられないから…、だからな…」 「………、分かった」 舌足らずの幸次郎が、一生懸命言葉を探していた。切れ切れだったけれど、いいたい事はなんとなく分かる。そう、幸次郎は鼻も耳も、目もいい。それこそ野生に投げ出しても、難無く帰ってくるほどだろう。それがまさか日常生活に影響するほどだとは、思わなかった。呆れ半分、感心していると、ふいに一つの疑問が湧いた。 「…あの、幸次郎」 「ん?」 「わ、私も、女なんですけど…」 お菓子の話から派生した真実。もしかして私は、幸次郎にとっては不快な存在なのでは?なんだか急に恥ずかしくなって、一歩後ずさる。そしたら、慌てて幸次郎が引き留めた。 「なまえは、いい!」 「…いや、駄目でしょう。わ、私の方が恥ずかしいじゃないか」 「大丈夫だ。なまえはいい匂いだ」 「んなあほな…」 「俺と同じ、匂いがする。…俺の、匂いだ」 くんくんと幸次郎は私の首筋に顔を近づけた。髪の毛がわさわさ当たって、こそばゆい。 「か、かゆっ!幸次郎かゆっ!」 「ん…、」 「幸次郎!」 半分怒鳴ると、しぶしぶ幸次郎は顔を離した。その手にはいまだに小箱が握られていて。食べられないんじゃあ仕方ないかと、ありがたくいただくことにした。 後日、偶然チーターくんに会ったので、最近気になることを聞いてみた。 「は?なに?くさいかって?そりゃくせーよ」 「な、なんだって…。ほ、本当かいそれ…へこむなあ…」 「おめーが聞いたんだろが。…てか、…なんか、男の匂いか、これ。男の匂いなんて、どれもくせえに決まってんだろ。しっかし、ずいぶんと濃厚だな…。まさかお前…」 「ぎ、ぎくー!」 ついつい焦ってしまったら、んだその反応と、チーターくんに言われてしまった。とりあえずは幸次郎の匂いしかしないということが分かったので、ほっと安心する。 「あーよかった。これで大手を振って歩けるよ。ありがとう、チーターくん」 「いいけどよ、別に…。つうか誰だよ、お前と寝たの」 「な、ねっ、ね…!?」 「あぁ?違うのか?っかしいなー、同棲でもしない限りそんな匂いつくはずないんだけどな」 チーターくんはどうやら未だに疑っているらしく、私を探るような目で見た。その鋭い目が、少し怖い。 「なぁなまえ…」 「な、なに…?」 「…俺とも、にゃんにゃんしようぜ?」 チーターくんは犬歯を見せながら笑った。私はその笑顔に向かって、拳を振るう。雲一つない晴天に、きゃいいーんという悲鳴があがった。 |