「…言いたいことはそれだけか?」

「…それだけかなんて、よく言えたものだ。一体どういうつもりか知らないけれど、私は君に幻滅したんだよ。どうして私の目の前に顔が出せるのか、その頭の中、覗いてみたいね」


なまえはそう吐き捨てると、近くの壁に拳をぶつけた。きっと痛いだろうに、彼女は平気な顔をしている。…平気な顔、というよりは怒った顔だろうか。とにかく、痛みは感じていないようで。壁を叩く鈍い音は、しばらく続いた。だん、と音が響くたび、俺は彼女から目をそらす。無意識に左手首に右手を乗せていた。


「…もう、終わりにしよう。こんなこと」

「こっちの台詞だよ、それはね」

「なまえ…」


彼女の目は今まで見たことがないくらいに冷たくて。右手には血液が滲み始めていた。


「やめてくれ。俺はお前に、自分を大事にして欲しい。だから…」

「どうしてそう矛盾ばかりなの!」


彼女は俺につかみ掛かった。手の甲をつたい、彼女の血が服につく。怒るなまえをたしなめ、抵抗することは出来ただろうが、あえて俺はしなかった。…いや、できなかった。


「どうして自らを傷付けるの」


その言葉を聞いたとき、俺は気がついた。傷つけているのは彼女じゃなくて、俺だって。手首に重ねる指の隙間から、赤い線が何本も見えた。
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