※総帥、選手時代の話





私の父親は疫病神だ。



そして私は忌まわしき子。けしてそんなことは無いはずなのに、世間の中傷に身を沈めれば、誰しもが思い込みに囚われる。憎い、憎い、憎い。私を取り巻く人間。私を陥れた人間。私を見下す人間。私を裏切ったサッカーが。





「影山くん、タオル…」


ふと声をかけられて顔をあげれば、マネージャーを務めている女が立っていた。いつもなら無視をきめこみ、会話すらしないのだが、昔を思い出して嫌な汗をかいていたので、引ったくるようにタオルを受け取る。


「………ふん」

「…今日、受けとってくれるんだね」

「黙れ。受け取られたくないなら差し出すな」


私は手早く汗を拭き、汚れたタオルを床に捨てた。それをさも当たり前のように女は拾いあげ、何も言わずに出ていく。それが何日も、何日も続いた。










「っ…クソッ…」


数ヶ月後、私は部室で感情のままロッカーを叩いた。理由としては、今日のスターティングメンバー発表には納得がいかないかったというべきか。何故私がメンバーから外されなければならない。円堂…何処までお前は私を陥れる。所詮このチームに所属していること自体が、あいつらを潰すための芝居だと言い聞かせても、胸が焼けるように痛かった。


「影山くん、」

「…チッ」


ほとんど反射的にタオルを受けとっていた。いつもと同じ匂いに集中しようとしたが、うまく感情をコントロール出来ずに気がつけば、せりあがる異物を吐き出していて。


「ぐっ…」


びちゃびちゃと、嫌な音が辺りに響き渡った。女は何も言わずに私の背中をさすり、なだめる。


「さ、触るな…」

「大丈夫」

「黙れ、触るな…」

「吐けば楽になる」

「だま、れ…」

「楽に…なるから…」


女は絞り出すような声で、何度も何度も繰り返した。息苦しいのは私の方だと言うのに、下らない偽善を見せ付けられた気分になる。触るなと言ってみたものの、女はそばから離れることをしなかった。










「…私ね、」


落ち着いて来た頃に、女は呟いた。私は興味が沸かなかったが、その場を離れることも億劫で。ただ話されるまま、聞く。


「今度、転校するんだ」

「………」

「遠いところでさ、もう会えない」

「…だからどうした。私には関係のないことだ」

「………うん、そうだね」


女は少し躊躇った様子を見せたのち、意を決したように息を吸った。


「あ、あの…」

「よせ」

「…え?」


遮られるとは思っていなかったのだろうか。女は眉を潜め、私を見た。


「ど、どうして…?」

「私は疫病神だ」

「そんなこと…」

「疫病神は誰も幸福にできない。全てを奪うのみ」

「影山くん…」

「私のことは忘れろ。お前は幸せになる権利がある。こんなところで棄てるべきではない」


そのまま私が背を向けると、女は泣いた。だから言っただろう、私は人を幸せにすることはできないと。私は疫病神の子。そう、私自身が疫病神なのだ。


「さよなら、影山くん…」





疫病神が幸せになっていいはずがない。
私はまた独りになった。

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