「なまえ、デザームさまを知らないか」

「………知らん」


そう一言いって、扉を閉めようと思った。ところが、ゼルがひと昔のセールスマンのように足をドアに挟ませてくるものだから、閉めるに閉められない。


「くっ、なにすんのさ」

「なにすんのはこっちの台詞だ。ここからデザームさまの匂いがするんだ、絶対にいる!」

「あほか!あんたは犬か!いるわけないでしょ!帰れ!」


いるいない以前に、デザームが家を訪ねてきたことなどない。それにあんな鬼畜でドエスな悪魔を誰が家に入れると思うのか。ありえない話なのに、ゼルは諦めきれないようすでギリギリと足を食い込ませてくる。私はなんだよこいつ…と悪態をつきながら、仕方なく扉を開けた。これ以上やったら、彼のイケメン生命が危ぶまれると踏んだからだ。


「いい?三分間待ってやる!から、好きなだけ探すといいよ。絶対にいないから」

「いや、いる。匂いがするからな…」

「だからあんたはなんなのさ!キメラか!」


こいつは真面目にいってるのか、そんな疑問が湧いたが、聞くことは愚問なんだろうなぁと思った。走り出したゼルのあとをゆっくりと付いていくと、彼は私の部屋の前で足を止めたようで。


「ここから濃い匂いがする…」

「し、失礼な!臭いみたいに言わないでよ!」


慌てて抗議してみたものの、彼はまったく気にしない様子で部屋に入り、数秒後に出てきた。


「…だ、誰もいなかったでしょう?」


がっくりとうなだれるゼルの様子から、返答はうかがえたが、あえて聞いてみることにした。これで彼も諦めてくれるだろう。


「あぁ、いなかった」

「やっぱり。じゃあ…」

「だが、マキュアはいた」

「そうでしょう?………え?んんー?」


予期しない返答に、急いで部屋に入ると、マキュアが私の服を着て、私のおやつを食べながら、私の雑誌を読んでいた。


「な、なにしてんの!」

「あっ、なまえ!暇だから遊びに来ちゃったぁ。あのね、マキュア、なまえの服きっついの。特に胸のところね。ジャージない?あ、でもだっさいのはなしねー。できればぁ、」

「いや知らんよ、そんなの」


急な客人、マキュアのおかげで部屋は大惨事だ。もともと惨事だったのもあるが、さらに酷いことになっている。頭を抱えながら、足元から片していると、開けっ放しのドアから声がかかった。


「なまえ、ドライヤーないか?」

「あ?…あぁ、あるよ。二階の突き当たり」

「おっ、サンキュー」


すたすたと歩いていったのは、見たことがある紫の髪の毛。バスローブを着て、タオルを肩にかけて、優雅に歩いて………っておい。


「め、メトロン!なにやってんの!」

「んー、あ、風呂借りた。ありがとな」

「あぁ、いいよ別に。…じゃなくって!」


急な客人その2はメトロンだった。風呂とかはもうつっこみきれないからいいとして、なんでこいつらは勝手に人の家に入り込んでいるんだ。おかしいだろう。どこから入ったとか、どうやって入ったとか、聞いたところで、「いや、俺ら脅威の侵略者だし(笑)」と言われるに違いない。玄関から無理矢理侵入してきたゼルが一番の常識人ではあってはいけないはずなのに。


頭痛がしてきた私に、ふと最悪な事態が過ぎった。もしかして…、


「デザームもいるかもしれない」


さーっと血の気が引いた。デザームといったら、イプシロンのリーダーであり、私を陥れることばかり考えている鬼悪魔鬼畜野郎である。泣かされたことは数知れず、私の中の会いたくない人ランキングでは秋葉の監督と一、二を争っている状態だ。私の不利になる情報を与えてはいけない。ごみ箱に顔をつっこんで、尋ね人の名前を呼び続けているゼルを跳ね退けて、家中を捜索して回った。










「おかしいな…、確かに匂いはするんだが…。仕方ない、お腹が空いたから帰るよ。また日を改めてくる」

「あっ、ゼルが帰るならマキュアも帰るー!じゃあねぇ、なまえ!」

「俺も帰ろうかな。世話になった、なまえ。予定があいたらまた来るよ。それじゃあな」

「……さよなら」


二度とくんなと思いながら、彼らを見送った。仲良くじゃれあいながら帰る三人を、少し羨ましく思いながら玄関を閉めると、急に家が静かになったように感じた。


「デザームなんて、いるはずないのに…」


ため息をついて、荒らされた部屋を片付ける。それが終わると、コーヒーを作ってこたつへと向かった。休憩をしようと思ったのだ。


「はぁ…。よいしょーっと…」

「むぅ…」

「むぅ……………、むぅ!?」


嫌な予感がして、こたつのカバーをちらりとめくる。すると不気味な目と、目が合ってしまった。そう、この白黒反転した目の持ち主は、…噂のデザームさまだ。


「ははははは!どうだなまえ。面白いだろう!」

「………」

「かくれぼんというやつだ!ゼルめ、全く気がつかなかったな!」


かくれんぼだし…。わさわさとこたつから出てきたデザームに、呆れたような気分になった。


「とりあえず帰っ…」

「デザームさま!こんなところにおられましたか!随分、探しましたよ!」

「ゼル、か…」


バタバタと部屋に入ってくるゼル。メトロンとマキュアも一緒だ。何故帰ってきたし、そう聞く前に、メトロンが簡易コンロを差し出した。


「え、なに、これ…」

「今日は鍋だ、なまえ」

「マキュア、鍋すきー!」

「ふふ、鍋か、悪くない…」

「わかります、デザームさま」


なにがわかるんだ。疑問ばかりが浮かぶけれど、皆が楽しそうに鍋の準備をするのを止めるのは気が引けた。彼らが買ってきたらしいスーパーの袋を開けると、やけにチョコレートが多かった。そして部屋中に甘ったるい香りが広がっていることも気になった。

私の日常は、彼らによってめちゃくちゃにされているわけだけど、楽しいのは何故だろう。変な気持ちになりながら、茶色い鍋を見つめていた。
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