※ほんのりネタバレ








風介、見えるかい。





私の人生なんて、散々だった。果たして、人生と呼んでよいのかも解らない。肉親には裏切られ、親には捨てられた。勝利を目の前にして敗北し、学生にして償いをする。きっとこの経歴は死ぬまで私に付き纏うのだろう。暗い孤独という闇は、私の闇より幾分冷たいようだ。


「おかえり、ヒロト」

「瞳子姉さん…」


闇からはいずりでた先は、光があるのではなかったのか。けれど、光を手にしたのは選ばれた人間だけだった。抱きしめ合う家族に背を向けて、歩きだす。これから何処へ行くべきか、そもそも進むべき道があるのか。私自身、知るよしも無かった。


「風介、」

「………」


一つだけ。たった一つだけ、大事なものがあるとすれば。それは君なのだろうか。久しぶりに見た顔は、少しやつれているように思えた。


「…なまえ、」

「覚えていてくれたんだ。もう、忘れられたかと思ったよ」

「忘れない」


そう、忘れるはずがない。そんなひねくれた言葉も懐かしい。私が手を差し延べると、彼女は私を抱きしめた。まるでさっきの家族のよう。久しく感じる人の温かさに、目頭が熱くなった。










「風介、見えるかい」

「…これ、か?」

「そうだよ。…可愛いよね」

「まだこんなに小さいんだ。可愛いなんてわからない」

「…あらあら、そのわりには嬉しそうだ。素直じゃないところ、父親になっても変わらないね」


くすくすと、なまえが笑う。…あの日からたくさんの年月が過ぎたけれど、こんなにも幸せそうに笑ったのは初めてのような気がする。私たちの目線の先のモノクロ画面で、精一杯に動き回る新しい命。これは私と彼女の愛のかたち。嬉しい、なんて言葉じゃ表せないくらいの感動だった。彼女は母親になり、私が父親になる。そして、小さな命を育むのだ。


「なまえ、私は…」


この子を私のようにはならないよう、大切に育てようと思うんだ。痛みも、苦しみも、何もない世界で。素晴らしい人生だったと、誇りを持っていえるような、そんな子どもに。





氷はもう、溶けた。

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