「次郎ちゃんは、」


彼女は他愛もない話を淡々と続けた。その手は話とは全く関係がない動きをしてみせ、瞳だってこちらを向くことはない。時折、…なんてことがあったの、どう思う?と意見を聞かれるが、そうだね、俺もそう思うよと返せば満足したように、彼女は話を続けるのだ。そんなことに時間を使うなんて、無駄っていうことはわかっている。けれど何故か、俺はこの時間、空間が好きだった。彼女がきっちりと折るタオルの動きを見ているのも、まったりと纏わり付くような空気のなかに身を置くのも。

ふと、彼女が俺の前髪を掬い上げた。急なことだったので、びくりと身を震わせてしまい、笑われる。


「次郎ちゃん、あなた熱でもあるんじゃない?いつもより、ぼーっとしてるわね」

「し、してないよ。ぼーっとなんて…」

「そう?…でも心配だから、今日は早く寝なさいね。あとで部屋にご飯と果物持ってってあげる」

「いいよ、別に。普通に食べるよ」

「だめよ、風邪はひきはじめが肝心なんだから」


ふわりと彼女は俺を抱きしめた。石鹸のいい匂いと、柔らかい髪の毛。とろりと意識が飛びそうになる。母さん…と、呟けば、彼女はなぁにと首を傾げた。その優しい声に誘われるように抱きしめ返すと、あらあら赤ちゃんみたいねとまた笑われた。


「母さん…、俺…」





俺のこの感情は、どこで実を結ぶのだろう。
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