「せんせー、まじたるいんでー、帰りまーす」

「…あのねぇ、私がいいと言うとでも思っているの?ダメに決まっているでしょう」

「じゃあ、しつもーん!せんせーが、その歳でオトコを作らないのはなんでですかー?」


馬鹿だなぁ、成神。作らないんじゃなく作れないんだろ?そんなやじで教室中が笑いに包まれた。うるさい!黙りなさい!成神くんは後で来なさい!なんて、怒声とともに彼を職員室に呼び出すあたり、私もまだ子どもだなぁなんて思った。まったく手がかかるこどもほど可愛いとはよく言ったものだ。あれのどこが可愛いのか、一生かかっても理解することは出来ないだろう。新任教師とばかりにナメてかかる姿は、生意気な子どもとしか感じられなかった。


「せんせぇ、おっせぇな」

「うるさい、誰のせいでこうなったと思ってるの?今だって生徒の質問を断ってまで来たんだからね。少しは反省しなさい」

「はいはい、すんませんすんません…」


彼はやれやれと、私をみて笑った。その笑みは、私がカッとなるのを待っているかのよう。なんて子どもなの…!私は反省文の紙を、感情のままに束からちぎった。


「さぁ、」

「あ、いっつも思うんすけど、」

「なに」

「先生の指って綺麗ですよね」

「は?…あ、あのねぇ、そんなこと言ったって駄目だから。反省文はちゃんと、」

「俺が先生のことを好きでも?」

「えっ…」


私が息を詰まらせると、彼は小さな瞳を不安そうに陰らせた。今の言葉が本当なのか、嘘なのか。今となっては知る術など皆無で。私たちが向かい合わせに座るソファーの間で、私と彼の唇は静かに繋がった。


「…なっ、なななななにするの!」

「あーもう、キスくらいでうろたえんなって。それだから先生は彼氏できねぇんだよ」

「そん、そんなの…」

「それともなに?俺を待っててくれてるワケ?」

「ば、」

「それだったら嬉しいな」


彼は、がたっと立ち上がり、扉の前で振り返った。外れたヘッドホンをくいと直し、真っ赤に染まった顔で恥ずかしそうに笑い、呟く。


「好きな人だからこそ悪戯しちゃうって、よくいいますよね」


彼が走り去ったあとの部屋が、やけに静かに感じた。
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