さまよっては君に出会って。(復活・ディノヒバ)


 捕まえたつもりが、捕まっていた。



■さまよっては君に出会って■



 はじめはただ、あのポーカーフェイスを崩せれば満足だった。普段の生意気そうな顔も、いっこうに減らない口も、俺の手でメチャクチャにしたらどんなに気分が良いのだろうかと。
「んっ…ぅ、ん…」
 手始めに、まず口を塞いでみた。何気ない会話をしながらチャンスを伺って、視線が合った瞬間に素早くキスをした。
「ちょ、…やめ…」
 ほんの数秒触れて、直ぐに口唇を離す。本当はそこで止めるつもりだった。だが、目を見開かせながらみるみる赤くなる恭弥の頬をみたら、ゾクリと恍惚に全身が震えた。
「ちょっと…いい加減…に、しなよ」
 再び口唇に触れ、今度は後頭部を押さえつけて深く長く口付けた。呼吸の為に小さく開かれた隙間に己の舌を差し入れ、絡ませ、口内を欲望のままに蹂躙する。恭弥の暴れる手足は壁に押さえ付けることで防御できたし、最強とうたわれても所詮は中学生。力では俺にかなわない。
「なあ…お前、こんなことするの初めてだろ?」
「煩い、…だま、れ」
 問い詰めなくても、初めてなのは一目瞭然だ。ただ罵声と一緒に吐き出される憂いを帯びた吐息を浴びたかっただけ。
 恭弥の股の間に片足を入れ、クイッと持ち上げ刺激すると、予想通りピクンと震えた。
 感じた?と冗談混じりで聞けば、真っ赤な顔で死ねと睨まれた。その快楽に飲まれ無いよう必死に抵抗する姿はあまりに淫美で、俺の中にふつふつと加害心が湧き上がってくる。

「なぁ恭弥、この続き…興味ねぇか?」

 耳たぶを甘噛みし、軟骨に舌を這わせ息を吹きかけるように囁けば、堅く目を閉じ頭を左右に振って抵抗してきた。
 俺はその伏せられた瞳に、長い睫毛に、目尻にうっすら浮かぶ涙に、欲情した。もちろん俺には男を犯す趣味は無いし興味も無い。――でも、動き出したら止まらなかった。
「わりぃ……俺の方が興味あるや」
 服を乱暴に剥ぎ、白い肌が露になる。成熟しきれていない少女のような柔らかな肉体を、指先でやんわりと触れ感触を確かめる。なめらかで丁度良い肉付きに心が踊った。
 ――抱きたいと思った。
「っん…ぁ、ふっ」
「恭弥」
「ふっ…、ん、ぅ…んぁ」
「恭弥、声、出せよ。楽に、なるぜ…?」
「うっ…さぃ、黙れ」


 俺は俺の知り得る全ての知識を駆使して恭弥を抱いた。正直、優しくできたかは自信が無い。何故なら床と恭弥の腿をつたっている鮮血に眩暈がしたからだ。きっと痛かったに違いない。

「ごめん…」
「…………。」
 怒ってる。そりゃ今更謝ったって、どうなるわけじゃないけど。俺は恭弥を近くのソファに運び、ティッシュで汚れを拭き取ろうと箱に手を伸ばした。
「いい。自分でやる…」
 そう言うと、恭弥はティッシュを数枚取り太腿や腹部に付いた情事の痕跡を乱暴に拭き取っていった。少し動く度に痛さで恭弥は顔をしかめる。
「ごめ、…きょ、や…」

「何であなたが泣くの?」

 恭弥が不思議そうな顔をして尋ねる。俺は頬に手をやると、そこを暖かいものが伝っているのに気付いた。涙だ。俺は今、泣いていた。
「だって、血が…」
 後悔で胸が押し潰されそうだ。俺はどう君に償えば良いのだろう…。
「あなたマフィアのボスなんでしょ?血ぐらい、見慣れてるんじゃないの?」
 それはそうだが、殺しと凌辱は別物だ。俺は恭弥の手に触れ、もう一度、ごめんと謝った。
 恭弥は怪訝な顔をしてから、何かを思い付いたように、俺の頬をこぶしで思いっきり殴った。口内に、じわじわと鉄の味が広がる。
 これで気が済むなら、いくらでも殴れば良い。君の味わった痛みに比べたら、こんなのは大したこと無いのだから…。
 歯を食いしばって次の衝撃に耐える準備をするが、恭弥はよろけながらも立上がり、周囲に散らばった制服を拾い始めた。
「――え?」
 俺はわけが分からず、恭弥の側へ言い寄った。
「ちょっと待てよ!こんなんで満足するわけねぇだろ!?」
 たった一発で、許されるわけが無い。
 だか恭弥は手を休めずにポツリと言い放った。

「――僕はあなたの自己満足に付き合う気は無い」


 ぐるぐると脳内でその言葉が木霊する。それと同時に、全身にピリッと心地良い電気が走った。――高鳴る心臓と胸を刺す甘い痛み。俺の中で生まれたこの感情を、なんと呼べば良いのだろう…?
「恭弥、俺…」
 黙々と服を着る恭弥の腕を掴み、半ば強引に自分と向き合わせた。
「次は俺、ちゃんとやるから!恭弥が気持ち良くなれるように頑張るから!!」
「………」

 瞳を大きく見開いてから眉間にシワを寄せ、俺を睨む。それでようやく自分がとんでもないことを言ったことに気付いた。
「あっ!えっと…。その、今のは…」
 必死に弁解をするが、うまく話せていたのかイマイチ自信が無い。そもそも何で俺は『次』なんて言ってしまったんだろう。普通はもっと、こう…もう二度とこんな事しないから。とか他に言い方があっただろうに。
 喋る度に口から空気が抜けて、まるで風船の様に萎んでいくような気がする。「………」
 しばらくの沈黙のあと、突然頬をぺちんと叩かれた。不意を突かれた俺はうなだれていた顔を上げ、恭弥の表情を伺う。すると恭弥は妖艶な笑みを浮かべ

「……ま、期待しないで待ってるよ」

 そう言うと、恭弥は素早く制服を着てその場を去っていった。俺はそれを、信じられないくらい早くなっている鼓動の音を聴きながら眺めていた。胸に手を当てるとドクドクと破裂しそうなくらい煩い。
 瞳を閉じて、深呼吸を一つ。
「――恭弥」
 ポツリと呟き、ゆっくりと瞼を持ち上げ視界が広がったときには、もうこの感情に名前が付けられていた。

END

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